イエス・キリストは生きている~イースターSP
- 出演者
- 山本陽一郎
- 制作
- PBA太平洋放送協会
- 再生時間
- 5min
- タグ
-
- 疲れているとき
- 不安や恐れを感じているとき
- 孤独や悲しみを覚えるとき
- 元気をもらいたいとき
- イースター
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- アップロード日
- 2023.04.10
- カテゴリ
- 人物・人生
- 聖書箇所
-
[新約聖書] ヨハネの福音書 20章2節
- 放送日
- 2023.04.10
「世の光」の時間です。いかがお過ごしですか、山本陽一郎です。
イースターおめでとうございます!十字架にかけられて死んだイエス・キリストが3日目に復活したことをおぼえる日。今年のイースターは昨日4月9日でした。
ただ現代の多くの人々にとって、死者の復活なんて常識では考えられないと思うことかもしれません。きっと昔だからそんな話が受け入れられたのだろうと。ところが実際は、イエス様の弟子たちでさえ、復活が本当に起こるなんて初めは信じていませんでした。
十字架の死から3日目の朝早く、イエス様が葬られた墓に最初にやって来たマグダラのマリアも同じでした。空っぽの墓に戸惑いながら、マリアはこう繰り返します。「だれかが墓から主を取って行きました。どこに主を置いたのか、私たちにはわかりません。」ヨハネの福音書20章2節
「取って行った」「置いた」こういうことばで分かるように、彼女は、イエス様はもう生きていない、もう会えないと考えていたのです。悲しみです。絶望です。
しかし、マリアはそこで、神様からこういうメッセージを聞くのです。「あなたがたは、どうして生きている方を死人の中に捜すのですか。ここにはおられません。よみがえられたのです。」
キリストはよみがえられた!すさまじい衝撃のニュースです。死んで終わりではなく、イエス様は復活された。今、生きておられる。イースターの真ん中で、そして私たちの真ん中で響くのは、「イエス・キリストは今日も生きている!」ということなのです。悩みもある。希望を失うこともある。けれども、その中で私たちはこの復活のキリストに出会っていくのです。
新約聖書の4つの福音書はどれも復活の事実について述べていますが、そこに出てくる人々はみんな私たちにこう語りかけているようです。「そうだよ、わかってる。復活って、とんでもないことだよ。私たちも初めは信じられなかった。だけど、本当にそれが実際に起こったんだよ。死も絶望も超える希望がここにあるんだ。だから、イエス様の十字架と復活について、私たちは人生をささげて宣べ伝えずにはいられなかったんだよ!」
そうです、イエス・キリストは今日も生きていて、私たちに復活の力を注いでくださるのです。このお方があなたとともに今日も歩んでくださるのです。
イースターおめでとうございます!十字架にかけられて死んだイエス・キリストが3日目に復活したことをおぼえる日。今年のイースターは昨日4月9日でした。
ただ現代の多くの人々にとって、死者の復活なんて常識では考えられないと思うことかもしれません。きっと昔だからそんな話が受け入れられたのだろうと。ところが実際は、イエス様の弟子たちでさえ、復活が本当に起こるなんて初めは信じていませんでした。
十字架の死から3日目の朝早く、イエス様が葬られた墓に最初にやって来たマグダラのマリアも同じでした。空っぽの墓に戸惑いながら、マリアはこう繰り返します。「だれかが墓から主を取って行きました。どこに主を置いたのか、私たちにはわかりません。」ヨハネの福音書20章2節
「取って行った」「置いた」こういうことばで分かるように、彼女は、イエス様はもう生きていない、もう会えないと考えていたのです。悲しみです。絶望です。
しかし、マリアはそこで、神様からこういうメッセージを聞くのです。「あなたがたは、どうして生きている方を死人の中に捜すのですか。ここにはおられません。よみがえられたのです。」
キリストはよみがえられた!すさまじい衝撃のニュースです。死んで終わりではなく、イエス様は復活された。今、生きておられる。イースターの真ん中で、そして私たちの真ん中で響くのは、「イエス・キリストは今日も生きている!」ということなのです。悩みもある。希望を失うこともある。けれども、その中で私たちはこの復活のキリストに出会っていくのです。
新約聖書の4つの福音書はどれも復活の事実について述べていますが、そこに出てくる人々はみんな私たちにこう語りかけているようです。「そうだよ、わかってる。復活って、とんでもないことだよ。私たちも初めは信じられなかった。だけど、本当にそれが実際に起こったんだよ。死も絶望も超える希望がここにあるんだ。だから、イエス様の十字架と復活について、私たちは人生をささげて宣べ伝えずにはいられなかったんだよ!」
そうです、イエス・キリストは今日も生きていて、私たちに復活の力を注いでくださるのです。このお方があなたとともに今日も歩んでくださるのです。