ルカの福音書-75 「歓迎しやすい」神ではない

出演者
大嶋重徳
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制作
PBA太平洋放送協会
タグ
  • 不安や恐れを感じているとき

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アップロード日
2021.09.17
カテゴリ
人物・人生
聖書箇所
[新約聖書] ルカの福音書 4章
放送日
2021.09.17
 「世の光」の時間です。いかがお過ごしでしょうか、大嶋重徳です。ルカ福音書を順番に読んでいます。今週の箇所では、イエス様が郷里の会堂で、聖書を教えられたときのことが記されています。
 イエス様を故郷のナザレに先立って、その前、ガラリヤの各地、カペナウムという場所でも、人々を癒やす奇跡もされました。故郷の人々は、「それと同じようなことをやってみろよ。そうしたら信じてやるよ。」と、上から目線で神のことばを聞いていたのです。イエス様からすると、そこに集まってる人々の要求に応えてみせるなど、簡単なことだったでしょう。そこにいる誰でもいい、その病気を直せば、みんなが感嘆の声をあげることなど目に見えていたと思います。
 しかし、イエス様は人々の気に入る救い主になることを拒否しておられるのです。人は、自分の納得するような救い主を、自分の気に入る神を期待するのです。神様は、神様らしく振る舞ってもらわないと困る。だって、神様なんだから。それが当然ではないか。そして、そういう神であれば歓迎もする。もしそのような神であれば、世界中のどこにでも、たくさん人間が造り出した神がいます。
 しかし、イエス様おっしゃるのです。「私は、あなた方の歓迎しやすい神ではない」と。そのような神との出会いは、あなたにとって恵みの経験とはならない。ナザレの人々は、気に入らないなら、いつでも捨てることのできる偶像を欲しがったのです。イエス様は、人々の気に入る説教をされませんでした。そんな人々の思いの間をすり抜けていかれました。しかしそれは人々を、偶像の神を造ることから守るためだったのです。いくら殺されそうになろうとも、イエス様は、憤りの只中をすり抜けていき、変わることなく神のことばを語り続けられました。私も、そのような牧師でありたいと思います。唯一、求めるべきものは、神が私たちに何を求めておられるのかということです。
 今日神のことばが、あなた方の間に実現した、皆さんの生活の中で、神のことばが実現することを、ひたすら求める説教をしたいと思います。一心に神の心を求め、人々の怒りの間をすり抜けながら、それでも、このラジオの前の皆さんに、恵みのことばを語りたいと思います。恵みのことばとは、人々の気に入るかどうかではない、神の求められることばを語ることであり、その神のことばを聞き続ける民が、このラジオの前に起こされることです。

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