パウロの弁明(その一)この希望の為に

出演者
板倉邦雄
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制作
PBA太平洋放送協会
タグ
  • 疲れているとき
  • 眠れないとき

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アップロード日
2021.07.16
カテゴリ
人物・人生
聖書箇所
[新約聖書] 使徒の働き 26章
[新約聖書] ローマ人への手紙 12章12節
放送日
2021.07.16
 「世の光」の時間です。いかがお過ごしですか、板倉邦雄です。今日は、「パウロの弁明(その一)この希望の為に」という題で、お話ししましょう。
 私たち、苦難の人生に、希望がなかったら生きていけないのです。なぜなら、希望を抱いていますと、喜びになり、失望に終わることはないからです。いよいよ、パウロのヘロデ・アグリッパ王の前での弁明が始まりました。使徒の働きの26章に入ります。
 「アグリッパ王様、ユダヤ人たちから訴えられているすべてのことに関して、今日、あなたの前で弁明することになったのは、私の幸せに思うところであります。あなたは、ユダヤ人のあらゆる慣例や問題を、よく知り抜いておられるかたですから、私の申すことを、寛大なお心で聞いていただきたいのです。さて私は、若い時代には、初めから自国民の中で、またエルサレムの都で過ごしてまいりました。そのころの私の生活ぶりは、ユダヤ人がみんなよく知っているところです。私は、ユダヤ教の最も厳格な分離主義パリサイ派に属し、その教えに従って、生活してまいりました。今私は、神が私たちの先祖に約束してくださった希望を抱いているために、裁判を受けているのです。私たちイスラエルの十二部族は、夜昼、熱心に神に仕えて、その約束を得ようと望んでいるのです。この希望のために、私はユダヤ人から訴えられています。神が死人をよみがえらせるということが、あなたがたは、どうして信じられないことと思うのでしょうか。」
 さて、パウロの弁明の第一は何でしたか。私はユダヤ人で、ユダヤの宗教を熱心に信じるものであったこと。二、ユダヤ人の先祖の信じる神様が、約束してくださった希望を抱いて生活してきたこと。第三、その希望は、神が死人をよみがらせて下さるという約束でした。この希望のために、私は同胞のユダヤ人から訴えられていると、パウロは言っているのです。
 ところで、私たちがこの困難な人生で、希望をしっかりと心に抱いてまいりますと、そこに喜びが生まれてくるのです。聖書のことばです。
 「望みを抱いて喜び、苦難に耐え、ひたすら祈りなさい。」ローマ人への手紙12章12節

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