羊である私たち
- 出演者
- 吉田真輝
- 制作
- PBA 太平洋放送協会
- 再生時間
- 5min
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- アップロード日
- 2025.11.29
- カテゴリ
- 人物・人生
- 聖書箇所
-
[新約聖書] ヨハネの福音書 10章11節
- 放送日
- 2025.11.29
「世の光」の時間です。静岡県小山町にある、招待福音教会の伝道師、吉田真輝です。
「1頭の羊を捕まえるよりも、100 頭の羊を捕まえる方がたやすい」と言われるほど、羊は群れで過ごすことを好むそうです。
聖書では、私たち人間を「羊」に例えます。「人という字は、人と人が支え合ってできている」という名言もあるように、私たち人間も、他の人に支えられて生きていますよね。
人間は、「社会」という群れで生きる存在と言えるでしょう。また、羊には弱そうなイメージがありますが、意外にも我慢強いそうです。羊は、病気になっても、中々弱っている様子を見せないので、牧者、つまり羊飼いは、羊の少しの変化にも気づいてあげることが重要です。これもまた、私たち人間とそっくりですよね。私たちも、この社会で生きる中で、弱音を吐く場所って、中々ないのではないでしょうか。「こんなことを言っても、理解してもらえないんじゃないか」そんな心配がよぎります。私自身、弱音を吐くことは、本当に苦手です。
あるインターネットのサイトによると、牧者になる上で大切な心得は、「羊になること」だそうです。牧者は、人間として接するのではなく、羊として羊に接する。羊の習性をよく知り、羊の気持ちになって考える。そうすることで、病気になっても強がっている羊のことを、気づいてあげることができるのです。
聖書の主人公、イエス・キリストは、神でありながら人となられたお方です。イエス様は人となられたからこそ、私たちの悩みもよく理解してくださいます。イエス様は言います。
新約聖書 ヨハネの福音書 10章11節。
「わたしは良い牧者です。良い牧者は羊たちのためにいのちを捨てます」
人を良い方向に導いてくれる牧者、本当に人となってくださった牧者、そして、いのちを捨てるほど、私たちを愛してくださった牧者、それがイエス様です。
このイエス様について行く歩みをはじめませんか。
良い牧者に、あなたが出会うことができますように。
「1頭の羊を捕まえるよりも、100 頭の羊を捕まえる方がたやすい」と言われるほど、羊は群れで過ごすことを好むそうです。
聖書では、私たち人間を「羊」に例えます。「人という字は、人と人が支え合ってできている」という名言もあるように、私たち人間も、他の人に支えられて生きていますよね。
人間は、「社会」という群れで生きる存在と言えるでしょう。また、羊には弱そうなイメージがありますが、意外にも我慢強いそうです。羊は、病気になっても、中々弱っている様子を見せないので、牧者、つまり羊飼いは、羊の少しの変化にも気づいてあげることが重要です。これもまた、私たち人間とそっくりですよね。私たちも、この社会で生きる中で、弱音を吐く場所って、中々ないのではないでしょうか。「こんなことを言っても、理解してもらえないんじゃないか」そんな心配がよぎります。私自身、弱音を吐くことは、本当に苦手です。
あるインターネットのサイトによると、牧者になる上で大切な心得は、「羊になること」だそうです。牧者は、人間として接するのではなく、羊として羊に接する。羊の習性をよく知り、羊の気持ちになって考える。そうすることで、病気になっても強がっている羊のことを、気づいてあげることができるのです。
聖書の主人公、イエス・キリストは、神でありながら人となられたお方です。イエス様は人となられたからこそ、私たちの悩みもよく理解してくださいます。イエス様は言います。
新約聖書 ヨハネの福音書 10章11節。
「わたしは良い牧者です。良い牧者は羊たちのためにいのちを捨てます」
人を良い方向に導いてくれる牧者、本当に人となってくださった牧者、そして、いのちを捨てるほど、私たちを愛してくださった牧者、それがイエス様です。
このイエス様について行く歩みをはじめませんか。
良い牧者に、あなたが出会うことができますように。
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