私の手を鍛え

出演者
福井誠
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制作
一般財団法人 太平洋放送協会
タグ
  • 不安や恐れを感じているとき

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アップロード日
2019.04.10
カテゴリ
人物・人生
聖書箇所
[旧約聖書] サムエル記第二 22章34、35節
放送日
2019.04.10
世の光の時間です。いかがお過ごしでしょうか。福井誠です。
 「継続は力なり」聖書を一日一日と読み進むごとに、不思議にも自然と養われていくものがあるものです。では今日も聖書を開いてまいりましょう。
 今日は、サムエル記第二22章34、35節から、「私の手を鍛え」と題してメッセージをお伝えします。「主は、私の足を雌鹿のようにし、高い所に立たせてくださいます。戦いのために私の手を鍛え、腕が青銅の弓も引けるようにされます。」今日の箇所は、一読すれば誰でもこれが詩文であることがわかることでしょう。確かに、この感謝の歌は、詩篇18篇に収録されているものとほぼ同じです。読み比べてみたら良いでしょうね。聖書通読をすることで、聖書のさまざまな箇所につながりが見えてくるものです。それによって、聖書理解がさらに深められることになります。 さて、この詩を読むと、まずダビデは、自分の生涯に神の御手が力強く働き、神があらゆる敵から自分を解放し助け出してくださったことをたたえています。自分の信じる神は、信頼できる岩のように揺らぐことのないお方であると宣言するのです。そして先週もお話ししたことですが、神は罪人の声にも耳を傾け、その叫びを聞いてくださる方であると告白しています。ダビデは神が私たちの祈りに応答してくださると確信していました。人間はその人生において多くの困難に出会うもので、しばしば何の解決策もなく手詰まり状態を余儀なくされることもあるものでしょう。困難の中にただうずくまる他はないと思わされるものです。
 ダビデもそうだったのではないでしょうか。ダビデは言います。「死の波は私を取り巻き、滅びの川は私を恐れさせた。」比喩的に語っていますが、ダビデは抗うことのできない濁流に巻き込まれた思いの中にいましたが、そこでまさに主が、いと高き所から御手を伸べて私を捉え、私を大水から引き上げられると告白できる経験をしたのです。大切なのは、そのような経験を通して、私たちの信仰が深められて強くされることです。私たちを鍛え、立たせてくださる神を覚えて歩みたいものですね。では良き一週を祈ります。

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