人生を覆う影-孤独感
- 制作
- PBA 太平洋放送協会
- 再生時間
- 5min
- タグ
-
- 疲れているとき
- 不安や恐れを感じているとき
- 孤独や悲しみを覚えるとき
- 眠れないとき
- 元気をもらいたいとき
- 一歩踏み出したいとき
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- アップロード日
- 2025.02.04
- カテゴリ
- 人物・人生
- 聖書箇所
-
[旧約聖書] 申命記 31章6,8節
[新約聖書] マタイの福音書 28章20節
- 放送日
- 2025.02.04
「世の光」の時間です。お元気でお過ごしでしょうか?関根弘興です。
今、多くの人のこころを覆い、人生をつまらないものだと思わせてしまう、まるで人生を覆う影のようなものがいくつかある。そういうふうに思います。
昨日はそのひとつは、自分に対する無価値感であるというお話をしました。でも聖書は、「神様は愛です」と書かれているように、神様の愛の対象として一人一人がいるのだ、存在しているのだ、だから決して無価値な存在ではないというお話をいたしました。
それでは、二つ目は何でしょう。それは、孤独感です。だれも孤立的に生きることを願っている人などいません。誰か一緒に、共感して、共有して、生きていきたい、そう願っています。ご存知ですか。孤独になる時の決まり文句というのがあるんですよね。それは「だれもわたしのことをわかっちゃくれない」ということばです。
今の時代はなにかと承認欲求というものが全面に出ている時代です。どれだけ投稿したインターネットのサイトに「いいね」が付くかを、まるで競うかのように投稿するわけですよね。だれかと何かで繋がっていたい、そういう思いを誰もが持っています。でも、どんなに「いいね」が付いても、ネット社会のなかでたくさんの繋がりがあると思わされても、人の心はとても複雑です。自分だけ取り残されてしまうのではないかというまるで脅迫感のようなものさえ抱いてしまう、そんな時代に私たちは生きていると思います。そして、最後には、人間関係そのものに疲れてしまい、本当は孤独でいることはいやなのだけれども、関わりが始まると周りに自分を合わせなければならないし、しんどさを抱えてしまう、そんな思いを持つ多くの人たちがいます。
ですから、孤独を味わいたくはないけれど、でもここから消えてしまいたいと思っている人は少なくありません。
私は讃美歌の「いつくしみ深き友なるイエス」、この讃美歌が大好きです。もし、私たちの最善を願い、いつも一緒にいてくださる慈しみ深い方がいてくれるなら、人は必ずそこに安息を見出すことが出来ます。聖書はあなたに伝えています。その方こそ、救い主イエス・キリストである、と。
「わたしは決してあなたを見放さず、あなたを捨てない」「見よ、終わりまでわたしはいつもあなたとともにいる」と。こう約束されるイエス・キリストは、今日もいてくださるのです。
今、多くの人のこころを覆い、人生をつまらないものだと思わせてしまう、まるで人生を覆う影のようなものがいくつかある。そういうふうに思います。
昨日はそのひとつは、自分に対する無価値感であるというお話をしました。でも聖書は、「神様は愛です」と書かれているように、神様の愛の対象として一人一人がいるのだ、存在しているのだ、だから決して無価値な存在ではないというお話をいたしました。
それでは、二つ目は何でしょう。それは、孤独感です。だれも孤立的に生きることを願っている人などいません。誰か一緒に、共感して、共有して、生きていきたい、そう願っています。ご存知ですか。孤独になる時の決まり文句というのがあるんですよね。それは「だれもわたしのことをわかっちゃくれない」ということばです。
今の時代はなにかと承認欲求というものが全面に出ている時代です。どれだけ投稿したインターネットのサイトに「いいね」が付くかを、まるで競うかのように投稿するわけですよね。だれかと何かで繋がっていたい、そういう思いを誰もが持っています。でも、どんなに「いいね」が付いても、ネット社会のなかでたくさんの繋がりがあると思わされても、人の心はとても複雑です。自分だけ取り残されてしまうのではないかというまるで脅迫感のようなものさえ抱いてしまう、そんな時代に私たちは生きていると思います。そして、最後には、人間関係そのものに疲れてしまい、本当は孤独でいることはいやなのだけれども、関わりが始まると周りに自分を合わせなければならないし、しんどさを抱えてしまう、そんな思いを持つ多くの人たちがいます。
ですから、孤独を味わいたくはないけれど、でもここから消えてしまいたいと思っている人は少なくありません。
私は讃美歌の「いつくしみ深き友なるイエス」、この讃美歌が大好きです。もし、私たちの最善を願い、いつも一緒にいてくださる慈しみ深い方がいてくれるなら、人は必ずそこに安息を見出すことが出来ます。聖書はあなたに伝えています。その方こそ、救い主イエス・キリストである、と。
「わたしは決してあなたを見放さず、あなたを捨てない」「見よ、終わりまでわたしはいつもあなたとともにいる」と。こう約束されるイエス・キリストは、今日もいてくださるのです。