人の子を上げる

出演者
板倉邦雄
制作
PBA 太平洋放送協会
再生時間
5min

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アップロード日
2025.01.25
カテゴリ
人物・人生
聖書箇所
[新約聖書] ヨハネの福音書 8章28節
[新約聖書] ヨハネの福音書 3章14~15節
放送日
2025.01.25

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「世の光」の時間です。いかがお過ごしですか。板倉邦雄です。
今日は「人の子を上げる」という題でお話しましょう。では、はじめにヨハネの福音書8章28節を口語訳聖書で朗読します。「そこでイエスは言われた、『あなたがたが人の子を上げてしまった後はじめて、わたしがそういう者であること、また、わたしは自分からは何もせず、ただ父が教えて下さったままを話していたことが、わかってくるであろう』」
まず、人の子を上げるというイエス様のことばはどういう意味でしょうか。それは今、イエス様の教えを聞いている人々が人の子であるイエス様を十字架に上げてしまうという意味です。イエス様を十字架で殺害してはじめて、イエス様が何者であったかがわかるのです。何よりもイエス様が神のひとり子であったことがわかります。イエス様が私たちにとっていのちのパンであり、いのちの光であることがわかってくるのです。また、イエス様が自分に逆らい、破廉恥な言動を忍び、裁くことをしなかった理由がわかるのです。「わたしは自分からは何もせず、ただ父なる神が教えてくださったままを話していたことがわかってくるだろう」と言っているのはそのことではないでしょうか。父なる神は真実な方であることがわかってくるでしょう、とイエス様は語っているのです。
そして父なる神様についてこう付け加えました。「わたしを遣わした父は、人の子であるわたしと一緒におられる。わたしは、いつも父なる神のみこころにかなうことをしているから、父はわたしをひとり置き去りになさることはない」イエス様の父なる神様への信頼が手に取るように分かりますね。
さて、人の子を上げる、ということばはヨハネ福音書の3章14節と15節で、イエス様の口からニコデモに向かって語られていました。「ちょうどモーセが荒野で蛇を上げたように、人の子もまた上げられなければならない。それは人の子を信じる者がすべて永遠のいのちを得るためである」人の子であるイエス様が十字架の上に上げられ、死なれることの目的は何でしたか。それは私たちの罪のために、罪のない人の子イエス様が身代わりになってくださった。私たちは十字架に上げられた人の子イエス様をただ仰ぎ見て信じることによって、永遠のいのちに生きることができるのです。

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