ルカの福音書123-イエスの選び

出演者
大嶋重徳
制作
PBA太平洋放送協会
再生時間
5min
タグ
  • 一歩踏み出したいとき

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アップロード日
2023.05.30
カテゴリ
人物・人生
聖書箇所
[新約聖書] ルカの福音書 6章
放送日
2023.05.30

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「世の光」の時間です。いかがお過ごしでしょうか。大嶋重徳です。
今週の箇所、新約聖書ルカ6章には、イエス・キリストが「使徒」とも呼ばれるご自分の弟子を12人選ばれたところが記されています。イエス様が「使徒」を選び出されたのには目的があります。それは、イエス様の身近に置くためでした。イエス様のそばで、イエス様と寝食をともにし、神とともに生きるとはどういうことなのかということを、生活を一緒にしながら教えようとされたのです。
「弟子」ということばは、「倣う者」という意味があります。信仰の歩みというものも、自分勝手なスタイルでやるわけにはいきません。私たちには、これまでの生きてきた自分の価値観、生活習慣、また人生で傷ついてきた、そんな傷、その傷からくる歪みもあります。
娘が産まれてすぐの頃です。明日には、いよいよ説教しないといけないにも関わらず、説教準備が充分に出来ていない。私には、焦りがあって、少しだけ眠って、早く起きて説教を作ろう。しかし、生まれたばかりの娘が夜中に泣き続けました。思わず「うるさい」と大声を出してしまった自分がいました。その自分を見て娘が怯えたような顔で見てくる。クリスチャンになって、牧師にもなって、聖書を語りながら、自分はいつまでも変えられていない。娘を抱きしめながら「ごめんね」と謝ったことを思い出します。変わらないといけない自分に気が付かされました。
イエス様は私たちを身近に置くということを通して、イエス様ならば、こういうときにどうされたのかということを経験させてくださいます。イエス様と時間を過ごしながら、自分の生き方の欠けのあるところに気づき、自分の人生の傷のついたところが癒されていく。そして、自分の語ることばが新しくされていくのです。生活の丸ごとをイエス様のそばで生きるという修練をしていくのです。
「使徒」ということばは、「アポストロス」。 「使命を与えられて派遣される者」という意味があります。イエス様はご自分のそばに生きているものをこの世界に送り届けようとされます。律法学者など自分に怒りを向けてくる人たちのそばにも、神の愛を伝える人を送り込もうと計画されたのです。イエス様の弟子とは、神とともに生きる生き方の証をするために選ばれているのです。そして、あなたもその選びの中にあることを今週知っていただきたいと思います。

コメント

中野周治
私達が神様を選んだのではなく、神様が、私達を選び、又、私達を任命したのです!御言葉は、私達の、直ぐ近くに在ります!私達の心の只中に内住して下さっています!悔い改めによって、御言葉によって、🙏祈りによって、神様に似た者と、成る事が出来ます様に!

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