7度を70倍?

出演者
関根弘興
制作
PBA太平洋放送協会
再生時間
5min
タグ
  • 人を許すことが出来ないとき

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アップロード日
2023.03.20
カテゴリ
人物・人生
聖書箇所
[新約聖書] マタイの福音書 18章15節
放送日
2023.03.20

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「世の光」の時間です。お元気でお過ごしでしょうか。関根弘興です。
今週はイエス・キリストが話されたたとえ話からお互いの人生を考えていきましょう。
私たちは、生きている限り、いろいろな過ちを犯してしまうことがあります。時には、被害者になり、また時には加害者となってしまうわけです。イエス様は、マタイの福音書18章15節で「もしあなたの兄弟があなたに対して罪を犯したなら、行って二人だけのところで指摘しなさい。その人があなたの言うことを聞き入れるなら、あなたは自分の兄弟を得たことになります。」と言われました。これは、誰かが罪や過ちに陥ったとき、その人をすぐに切り捨ててしまうのではなく、戒め、諭し、正してあげなさい、と言われたのですね。
すると、弟子のペテロが、イエス・キリストのもとにきて、「主よ。兄弟が私に罪を犯した場合、何回赦すべきでしょうか。7回まででしょうか。」と尋ねたのです。ここで、ペテロは、「自分だけが被害者になっている場合、何度まで赦さなければならないのですか」と尋ねてきたのです。自分だけが被害を受けているのですから、腹立たしくなりますね。「赦せない」という思いも一段と強くなるでしょう。しかし、ペテロは、そうしたことの中で赦すということが大切なことだということを十分に知っていました。なぜなら、イエス様に、「七回まで赦すべきでしょうか」と尋ねているからです。当時のユダヤ教の指導者たちは、「罪を犯した兄弟を三度までは赦せ」と教えていました。
ところが、イエス様は、「七度までではなく、七度を七十倍するまで赦しなさい」と言われたのです。でも、皆さん、イエス様はどういう意味でこれを言われたのでしょうか。
七を七十倍というのですから、490回赦せということなのでしょうか?この数字を文字通り受け取ると、こんなことが起こるのではないと思います。「よし、大変だけど頑張るぞ。1回ずつ数えていこう。はい、あなたを赦しますよ。これも赦しますよ。とにかく490回になるまで指折り数えながら、遂に490回を迎えた瞬間、「これでもう赦さなくてもいいのだ」となるでしょうね。
でも、イエス様が「七度を七十倍するまで」と言われたのは、7は完全を表す数です。その完全数をさらに70倍という意味です。つまり「赦すことには制限や期限切れはないのですよ」「赦し続けながら生きていくことが必要なのですよ」と言われたのです。まるで、それは不可能、理不尽なように思えます。そこで、イエス様はそれがどれほど妥当なことなのかを、王としもべのたとえで話されたのです。その話は、明日お話ししましょう。

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