語り掛けを受けて起き上がる

出演者
水谷潔
制作
PBA太平洋放送協会
再生時間
5min
タグ
  • 孤独や悲しみを覚えるとき
  • 病気のとき
  • 一歩踏み出したいとき

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アップロード日
2022.09.19
カテゴリ
人物・人生
聖書箇所
[新約聖書] ヨハネの福音書 5章
放送日
2022.09.19

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「世の光」の時間です。いかがお過ごしでしょうか。今週番組を担当する愛知県にあります春日井聖書教会協力牧師の水谷潔です。
世界にはさまざまな言い伝えを持つ泉や池があります。新約聖書のヨハネの福音書5章で、イエス様が訪ねたベテスダという名前の池もその一つでした。エルサレムにあるベテスダの池には「水がかき回されるように動いたとき最初に入った人は病気が癒やされる」という言い伝えがありました。
ですから池の周囲には病気で苦しむ人たちが多く伏せっていたのですが、その中に38年間も病気にかかっている男性がいました。イエス様はその人が池の近くで長く横になっているのを知って、こう問いかけます。「良くなりたいか」
「良くなりたいか」彼の状況や心情を思えば非常識、残酷ともいえる問いかけでしょう。しかし、それは愛に満ちた問いかけだったようです。彼は素直に良くなりたいですとは言えず、こう言ったのです。「主よ。水がかき回されたとき、池の中に入れてくれる人がいません。行きかけると、ほかの人が先に下りて行きます。」
イエス様の愛の問いかけは彼の心の奥底の叫びを引き出しました。それは良くなりたくてもなれない自分の境遇に対しての嘆きでした。そして、その思いは本来持っていたはずの良くなりたいという思いに取って代わっていたのです。
どうも寝床に縛られていたのは彼の体だけではなく、むしろ心の方であったようです。果たしてこのことは他人事でしょうか。境遇を言い訳にして、幸せになりたいという願いを失っていること、自分が抱える問題について不満を言うだけで本気で解決しようとしないこと、なにかを諦めることで得られる安心や心地よさ。
どうでしょう。何かの寝床に縛られ、それなりの心地よさのなか立ち上がろうとせず、良くなりたいという思いを失っている、そんなことってないでしょうか。
この後、この男性はイエス様の「起きて床を取り上げ、歩きなさい。」その語りかけを受けて、病が癒やされ、立ち上がり歩き始めます。
「良くなりたいか。」今もイエス様は愛を持ってそう問いかけてくださいます。私たちが失っていた良くなりたいという本来の思いを甦らしてくださいます。そして、立ち上がらせてくださるんです。このイエス様と出会い、床を取り上げ、イエス様と共に歩んでいきましょう。

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