イエス・キリストは神

出演者
板倉邦雄
制作
PBA太平洋放送協会
再生時間
5min
タグ
  • 不安や恐れを感じているとき
  • 一歩踏み出したいとき

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アップロード日
2022.05.11
カテゴリ
人物・人生
聖書箇所
[新約聖書] ヨハネの福音書 1章18節
[新約聖書] テモテへの手紙第一 2章5、6節
放送日
2022.05.11

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「世の光」の時間です。いかがお過ごしですか。板倉邦雄です。
今日は「イエス・キリストは神」という題でお話ししましょう。では、始めにヨハネの福音書1章18節を口語訳でお読みいたします。
「神を見た者はまだひとりもいない。ただ父のふところにいるひとり子なる神だけが、神をあらわしたのである。」
今日はキリスト教にとってとても大事な教えの一つであるイエス・キリストの二性一人格についてお話ししましょう。
二性一人格とは、イエス・キリストは神の性質と人間の性質を両方を持ちながら、一人格を持っていましたという教えです。イエス・キリストは神100%、人100%。しかし、200%にはならず100%であったのです。イエス・キリストは完全な神であると同時に完全な人でありました。ですから、ヨハネは神を見た人はまだ一人もいないと言ったあとで、父のふところにおられるひとり子の神が神をあらわしたのであると語りました。ひとり子の神とはもちろんイエス・キリストのことです。イエス・キリストは父なる神のふところにおられたのです。
そのひとり子の神が人となってこの世に来られたのです。私たちと全く同じ人間の姿をとられたのです。ひとり子なる神イエス・キリストは、父なる神の胸にいたのですから、神の胸の内を理解することができました。ですから、神を説き明かすことができたのです。
では、なぜひとり子なるイエス・キリストが人となられたのでしょうか。それは、主イエス・キリストが神と人との仲介者となるためでした。伝道者パウロはこう語ります。
「神は唯一であり、神と人との間の仲保者(仲介者)もただひとりであって、それは人なるキリスト・イエスである。彼は、すべての人のあがないとしてご自身をささげられた」
テモテへの第一の手紙2章5、6節です。
私たちは、父なる神と仲たがいをしています。神との平和はありません。神であり、人であったイエス・キリストだけが両者の仲介をすることができます。神のひとり子イエス・キリストは自分のいのちを代価として、私たち罪人を身受けしてくださり、神の養子とするためにご自分のいのちを十字架にささげ贖いをしてくださったのです。

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