ルカの福音書-86 休みは必要

出演者
大嶋重徳
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0
制作
PBA太平洋放送協会
タグ
  • 疲れているとき

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アップロード日
2022.01.13
カテゴリ
人物・人生
聖書箇所
[新約聖書] ルカの福音書 4章
放送日
2022.01.13
「世の光」の時間です。いかがお過ごしでしょうか、大嶋重徳です。ルカ福音書を順番に読んでいます。
今週の箇所、4章は、引き続きカペナウム伝道の様子が描かれています。
ペテロの姑の癒やしの後、日が沈むのを待ってたくさんの人がイエス様のもとへ、病気の友人を、病気の家族を連れてきました。イエス様はその一つ、一つの求めに応じて、「一人ひとりに手を置いて、癒やされた」とあります。「朝になって」とありますから、一晩中イエス様は一人ひとりに手を置かれたのでしょう。話しを聞きながら、癒やしをなされました。
するとイエス様は、「朝になると、寂しいところへ行かれた」とあります。群衆はイエス様を捜し回ります。引き止めて置こうとしました。しかし、そのような人々の必要をも振り切って、イエス様が選ばれたことは「寂しいところで」父なる神に祈ることでした。
私たちは今週もいろいろな必要を持っています。色んな人の声を聞きます。家族のたくさんの必要も抱えています。すると「あれもしてあげたい」「これもしてあげたい」と思います。「あの人にはあれをしてあげた。この人にはそれが出来ていない。」中には「不公平ではないか。」というような顔をされることもあります。「自分が少し無理をしてでもやってあげないといけないのではないか。」と思うことがあります。
しかし、そのようなたくさんの必要がある中で、イエス様が選ばれたのは「寂しいところに行く」ということでした。そこで一体何をなされたのか。父なる神様との祈りの時間を持たれたのです。イエス様が寂しい、静まった所で、一人、神様との祈りの時間をイエス様は大切にされていました。
忙しく過ごす私たちにも必要なことがあります。それは一人で神様の前で静まって、心と体と魂を休める時間です。そうでなければ心も体をも疲れきって、本当は優しい気持ちで始めたことであるのに、「自分ばっかりやっているではないか」と不満が出てきます。疲れきった体が言わなくてもいい事を言ってしまうのです。
イエス様は何よりもこの父なる神様との時間を大切にされていました。このラジオ世の光をお聞きのこの時間も皆さんにとって、魂を休ませる大切な時間なのではないでしょうか。多くの必要に取り掛かる前に、一日をはじめるこの時間をこれからも大切にしていただきたいと思います。このラジオの前の数分間が、あなたの心に余裕と優しさをもたらします。イエス様のように静かに一日を思い巡らし、祈って今日をはじめていきましょう。

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