ルカの福音書-74 耳の痛いところにも

出演者
大嶋重徳
コメント数
0
制作
PBA太平洋放送協会
タグ
  • 人を許すことが出来ないとき

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アップロード日
2021.09.16
カテゴリ
人物・人生
聖書箇所
[新約聖書] ルカの福音書 4章
放送日
2021.09.16
 「世の光」の時間です。いかがお過ごしでしょうか、大嶋重徳です。ルカ福音書を今週、順番に読んでいます。今週の箇所では、イエス様が生まれ故郷の会堂で聖書を教えられたときのことが記されています。
 イエス様の会堂での説教を聞いて、「会堂にいた人たちはみな憤りに満たされ、立ち上がってイエスを町の外へ追い出した。そして町が建っていた丘の崖の縁まで連れて行き、そこから突き落とそうとした。」
 いくらひどい説教をしても、牧師が殺されそうになるということはなかなかないかと思います。もし、私がこのラジオの説教後に、ディレクターからわしづかみにされて、頭を叩かれて、スタジオから追い出されて、お茶の水のお堀から投げ落とそうとされる。こんなことがあったらたまったものではありません。
 その理由を、イエス様はこう言われました。「まことに、あなたがたに言います。預言者はだれも、自分の郷里では歓迎されません。」「歓迎されない」ということばは、「気に入らない」という意味です。故郷のナザレの人々が、最初、自分たちの郷里から出た人気者がいる。あの大工の息子が優れた伝道者となって、町々で評判になっていることを喜んでいたと思います。この日も、いつもより多くの人が、会堂に集まったのではないかと思います。しかし、その時のイエス様のことばが気に入らなかったのです。
 人間は言います。「私の気に入るように語れ」と。「私の思いどおりになる神でいろ」と。「俺たちは知っているんだ!お前は大工の息子にすぎない。あの家の子どもにすぎない男が偉そうに、立派に神のことばを語ることができるのか。救いの実現を告げようとするのか。偉そうに。面白くない。気に入らない。」
 最初は、恵みのことばとして人々は聞いていたのです。しかしいつの間にか、自分の気に入らないことが語られると、途端に、イエスを殺そうとするまでの思いへと変化をする。途端に耳をふさぐ。ここに、私たちの罪深い姿があります。
 今日、あなたの気に入らないことばが語られても、そこに神の恵みを見いだす姿勢があるのかと問われているのです。聖書は、人々の気に入ることばを語りません。耳の痛いことばであっても、そこに神の恵みはあるのです。あなたを悔い改めに導くことばは、恵みのことばです。今日、私たちが求めるべきことは、気に入ることばではなく、恵みのことばであることを心に刻みたいと思います。

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