パウロの弁明(その二)とげのあるむちをける

出演者
板倉邦雄
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制作
PBA太平洋放送協会

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アップロード日
2021.07.17
カテゴリ
人物・人生
聖書箇所
[新約聖書] 使徒の働き 26章
[新約聖書] ローマ人への手紙 4章25節
放送日
2021.07.17
 「世の光」の時間です。いかがお過ごしですか、板倉邦雄です。今日は、「パウロの弁明(その二)とげのある棒をける」という題でお話ししましょう。鋭いとげのついた棒をけりながら、足から血を流し、傷ついている人を見たら、あなたはどうしますか。パウロの弁明の続きです。使徒の働き26章です。
 「アグリッパ王様、私自身も、以前には、ナザレ人イエスの名に逆らって反対の行動を取るべきだと、確信していました。そこで多くのキリスト信徒たちを獄中に閉じ込め、死刑か無罪かの裁判の会議では、進んで死刑に賛成の一票を投じました。それから、いたるところの会堂で、しばしばキリスト信徒を罰し、無理やりに神をけがすことばを言わせ、改宗を迫ったりして、彼らに対してひどく荒れ狂い、ついに外国の町々にまで、迫害の手を伸ばしてまいりました。こうして私は、シリアのダマスコまで逃亡したキリスト信徒を追ってまいりました。その途中、真昼でしたが、光が天からさして来るのを見ました。その光は、太陽よりも、もっと光り輝いて、私と同行者たちを照らしたのです。
 私は落馬し、同行者たちもみな、地面に倒れました。その時です。ヘブル語で、私にこう呼びかける声を聞きました。『サウロ、サウロ、なぜわたしを迫害するのか。とげのある棒をければ、傷を負うだけである。』
 そこで私は『主よ、あなたはどなたですか』とたずねると、主は言われたのです。『わたしは、あなたが迫害しているイエスである。』」
 パウロ、旧姓サウロは、この時、わかりました。ナザレ人イエスは、主なる神であるということです。死からよみがえられた主という名の神であることです。先祖も私も信じている神である主を、迫害し、逆らっていたことをパウロは知らされました。また人を苦しめることは、自分自身を苦しめ、傷つけている愚かな行為であることを知らされたのです。神の子イエスを十字架につけたのは、私の罪だとパウロは悟りました。
 パウロのことばです。「主イエスは、私たちの背きの罪のゆえに死に渡され、私たちが義と認められるために、よみがえられました。」ローマ人への手紙4章25節

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