下心と歓心

出演者
板倉邦雄
制作
PBA 太平洋放送協会
再生時間
5min

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アップロード日
2021.05.14
カテゴリ
人物・人生
聖書箇所
[新約聖書] 使徒の働き 24章
[新約聖書] テモテへの手紙第一 6章6,7節
放送日
2021.05.14

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 「世の光」の時間です。いかがお過ごしですか、板倉邦雄です。今日は「下心と歓心」という題でお話ししましょう。ローマの総督フェリクスが、パウロの裁判を延期した理由が、今日の聖書の箇所でもっと明らかになります。使徒の働き24章の続きです。
 さて、数日経ってから総督フェリクスは、ユダヤ人の妻ドルシラと一緒にやってきて、パウロ呼び出し、キリスト・イエスに対する信仰の道を聞いたのです。
 そこでパウロは、この時とばかり聖書から、正義とは何か、節制について、未来の神の審判などについて論じました。ですからフェリクス総督の心は、次第に不安を感じてきました。そしてパウロに言いました。「今日はこれまでにして、帰るがよい。またよい機会があったら、呼び出すことにする。」
 この後も度々、パウロを呼び出しては語り合います。しかし、キリスト・イエスに対する信仰の道を求めたいためではありませんでした。パウロから、金をもらいたいという下心があったのです。
 信心が利得の手段となってはなりません。人の上に立つ人々が、自分の立場を利用して、恥ずべき利得のために、言葉を発し、行動することがあるということです。金銭の要求などは、あらゆる世界の中で繰り広げられているのではないでしょうか。
 さてそれから、二年が経ちました。ポルキウス・フェストゥスがフェリクスと交代してユダヤの総督の任についたのです。パウロの裁判は、なんと二年間も延期になっていました。二年間パウロは、監禁されたまま放置されていたのです。その理由は、総督フェリクスがユダヤ人の歓心を買おうと思って、パウロを監禁したままにしていたと聖書には書いてあります。
 自分の利得を求める下心のある人は、人々の関心を買うことに躍起になるようですね。人によく思われたい、人に喜ばれたい人は、人の心を買うために金銭が必要となっていきます。金銭がなければ人の関心を買うことはできないことなのです。
 聖書の言葉です。「満ち足りる心を伴う敬虔こそが、大きな利益を得る道です。私たちは、何もこの世に持って来なかったし、また、何かを持って出ることもできません。」
テモテの第一の手紙6章6、7節

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