御国の位に着くお方

出演者
関根弘興
制作
PBA 太平洋放送協会
再生時間
5min

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アップロード日
2021.04.28
カテゴリ
人物・人生
聖書箇所
[新約聖書] ルカの福音書 23章
放送日
2021.04.28

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「世の光」の時間です。お元気でお過ごしでしょうか、関根弘興です。イエス・キリストが、十字架上で最初に発した言葉は「父よ、彼らをお赦しください。彼らは、自分が何をしているのかが分かっていないのです。」というとりなしの祈りでした。
 さて、イエス・キリストの十字架の両側には、二人の犯罪人が十字架につけられていました。その一人はイエス様に向かって「おまえはキリストではないか。自分とおれたちを救え」と、わめき散らしていました。しかしもう一人は、イエス様に向かって「イエス様。あなたが御国に入られるときには、私を思い出してください。」と告白したのです。するとイエス様は、「まことに、あなたに告げます。あなたは今日、わたしとともにパラダイスにいます。」と語られたのです。
 イエス様の両側で、十字架についた二人の犯人の姿はとても対照的でした。一人は、自分の罪を認めず、人を呪い、イエス様に向かって、「自分を救っておれも救え」と叫び散らしていました。しかしもう一人は、「自分はほんとに罪人だ。十字架につけられて当然だ」と自分の罪を悔いていました。自分で自分を救うことなど出来ない。だから、イエス様にすべての希望を託して、「あなたは御国に入られる方です。私を救ってください。」と告白したのです。
 しかしどうして、この犯罪人は、イエス様が御国に入られるお方だとわかったのでしょう。十字架は呪いの場所です。それなのに、彼はイエス様の姿をかたわらで見ながら。この方こそ御国に入り、王座につくお方、つまり救い主であると告白したのです。
 彼はそれまで、立派な生活をしてきたわけではありません。礼拝を捧げ、熱心に奉仕することなどなかったでしょう。自分で犯したことの罪の償いの機会もなかったでしょう。しかし彼がただ、イエス様を見た時、「ああ、このイエス様こそ、永遠の救いを与えて下さるお方だ」と告白したのです。
 実は、聖書が教える救いの原点というものがここにはあります。それは、信じる者は誰でも救われるという単純な真理です。この犯罪人は、自分の犯罪のためにローマ法に従って十字架刑で死にました。しかしイエス様の十字架の上に、罪赦され、正しい神様との関係を回復し、天の御国へ入ることが約束されたのです。聖書の教える救いは、ただ、イエス・キリストを救い主として告白する時に与えられるものなのです。

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