わたしがあなたがたの神となる

出演者
羽鳥頼和
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制作
一般財団法人 太平洋放送協会

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アップロード日
2020.02.29
カテゴリ
人物・人生
聖書箇所
[旧約聖書] レビ記 26章
[旧約聖書] イザヤ書 9章7節
放送日
2020.02.29
「世の光」の時間です。おはようございます、羽鳥頼和です。
 聖書の神は厳しいお方です。「神は十戒などの戒めを人に与え、それを守り行わないと厳しく裁かれる」そう聞くと私たちは、聖書の神は、血も涙もない冷酷なお方とイメージします。ほんとに神はすぐに怒り、人を裁くような冷酷なお方なのでしょうか。今日は、旧約聖書のレビ記26章から、そのことを確かめたいと思います。
 レビ記の26章1節で神はこのように命じられました。「あなたがたは自分のために偶像を造ってはならない。」そしてその次に、「わたしの命令を守るなら、わたしはあなたに祝福を与える」と約束しておられます。
 神は三つの祝福を与えると約束されました。それは、豊かな作物、住む土地の平和、そして子どもをたくさん与えるという約束です。それで人は、そこに安らかに豊かに住むことができるのです。そしてさらに約束されたのは、神と人との良い関係でした。「わたしはあなたがたの神となり、あなたがたはわたしの民となるので、わたしは、あなたがたを嫌って退けたりはしない。」
 そして神は、命令を守らないならばどうするか、非常に長く語っておられます。命令を守らなかった場合、作物の不作、病気や敵の略奪などで懲らしめると語られます。それでも命令を守らないなら、また懲らしめると語られています。このように、「命令を守らないなら、懲らしめる」ということが五回も続くのです。そして五回目の懲らしめの後、「懲らしめられた彼らが、自分の罪を告白し、わたしにへりくだるなら、わたしはあなたとの約束を思い出す」と言われているのです。
 つまり神は、言うことを聞かない人々を、悔い改めに導くために懲らしめるのです。そして人を改心へと導き、祝福を与えようとされているのです。旧約聖書のイザヤ書9章7節は、このようになんとか人を救おうとされる神の救いのことを、このように語っています。
 「今よりとこしえまで。万軍の主の熱心がこれを成し遂げる。」
 明日は日曜日です。救いを与えて下さる神に会うために、お近くのキリスト教会にいらして下さい。

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