決して天の御国には入れない
- 出演者
- 福井 誠
- 制作
- PBA 太平洋放送協会
- 再生時間
- 5min
- タグ
-
- 一歩踏み出したいとき
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- アップロード日
- 2025.01.09
- カテゴリ
- 人物・人生
- 聖書箇所
-
[新約聖書] マタイの福音書 5章20節
- 放送日
- 2025.01.09
「世の光」の時間です。いかがお過ごしでしょうか。今週は福井誠が担当しています。今日も昨日に続いて、マタイの福音書を読みます。「決して天の御国には入れない」と題して、お話をいたします。新約聖書マタイの福音書5章20節からお読みします。
「わたしはあなたがたに言います。あなたがたの義が、律法学者やパリサイ人の義にまさっていなければ、あなたがたは決して天の御国に入れません」
イエスが群衆の前で語ったとされる説教の一節です。そこで律法学者やパリサイ人の義に優っていなければ、とありますが、どのような意味でしょうか。少し説明が必要です。律法学者は、当時のイスラエルで旧約聖書を教えた学者たちでした。5章の20節以降は、その律法学者たちの教えを意識したイエスの教えが書かれています。ですから、イエスは律法学者の教えを指して「あなたがたは聞いています」と特徴的な言い回しを繰り返すのです。イエスは律法学者が語る教えを、修正しようとしていたのでした。ちなみに、その要点を簡単に言いますと、イエスは、外面的な行いよりも、内面的な心の在り方を大事にすべきことを語られました。
またパリサイ人というのは、保守的で信仰熱心なグループのことです。イエスは、6章で、彼らの祈り、施し、断食といった宗教的な実践例をあげて、批判を加えています。そして、本来はどうあるべきなのかを教えておられます。その要点を簡単に言いますと、それは、祈り、施し、断食を行うのなら、偽善的にならず、真実に行うということでした。
確かに、聖書の教えの精神をよく理解してこれを行う、また、よい業を偽善的ではなく真実に行うことは、信仰者にとっていのちであると言わなくてはなりません。そして、そのようないのちある信仰を生きているのでなければ、天の御国に入れないと言うこともよく理解できます。信仰を持つのなら、やはり、単なる儀式や形式ではなくて、内面の誠実さ、真実さを大事にし、天の御国につながるような歩みをしたいものです。
「わたしはあなたがたに言います。あなたがたの義が、律法学者やパリサイ人の義にまさっていなければ、あなたがたは決して天の御国に入れません」
イエスが群衆の前で語ったとされる説教の一節です。そこで律法学者やパリサイ人の義に優っていなければ、とありますが、どのような意味でしょうか。少し説明が必要です。律法学者は、当時のイスラエルで旧約聖書を教えた学者たちでした。5章の20節以降は、その律法学者たちの教えを意識したイエスの教えが書かれています。ですから、イエスは律法学者の教えを指して「あなたがたは聞いています」と特徴的な言い回しを繰り返すのです。イエスは律法学者が語る教えを、修正しようとしていたのでした。ちなみに、その要点を簡単に言いますと、イエスは、外面的な行いよりも、内面的な心の在り方を大事にすべきことを語られました。
またパリサイ人というのは、保守的で信仰熱心なグループのことです。イエスは、6章で、彼らの祈り、施し、断食といった宗教的な実践例をあげて、批判を加えています。そして、本来はどうあるべきなのかを教えておられます。その要点を簡単に言いますと、それは、祈り、施し、断食を行うのなら、偽善的にならず、真実に行うということでした。
確かに、聖書の教えの精神をよく理解してこれを行う、また、よい業を偽善的ではなく真実に行うことは、信仰者にとっていのちであると言わなくてはなりません。そして、そのようないのちある信仰を生きているのでなければ、天の御国に入れないと言うこともよく理解できます。信仰を持つのなら、やはり、単なる儀式や形式ではなくて、内面の誠実さ、真実さを大事にし、天の御国につながるような歩みをしたいものです。
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