罪のない者が、石を投げよ

出演者
板倉邦雄
制作
PBA 太平洋放送協会
再生時間
5min

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アップロード日
2024.11.09
カテゴリ
人物・人生
聖書箇所
[新約聖書] ヨハネの福音書 8章6~8節
[旧約聖書] 申命記 17章
[新約聖書] マタイの福音書 7章1節
放送日
2024.11.09

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「世の光」の時間です。いかがお過ごしですか。板倉邦雄です。
今日は「罪のない者が、石を投げよ」という題でお話しましょう。ヨハネの福音書8章6節からです。
イエス様を罠にかけて裁判所に訴える口実を得ようと、姦淫の現場すなわち不貞の現場で捕まえられた女がイエス様の前に連行されてきました。そして、「先生、この女は姦淫の現場で捕まえられた女です。不埒な女ですよ。モーセの律法の中でこういう女を石で打ち殺せと命じられていましたが、あなたはどう思いますか」しかしイエス様は、彼らの質問にお答えにならず、身を屈めて指で地面に何かを書いておられました。「先生、早く質問に答えてくださいよ」と催促を続けるので、イエス様はむっくりと身を起こして言われました。「あなた方の中で、罪のない者が、まずこの女に石を投げつけるがよい」そしてまた身を屈めて地面に指でものを書き続けられたのです。
何を書かれたのでしょうか。ある聖書学者は、モーセの十戒を書いていたのではないか、と言っています。
ところで、モーセの律法によりますと、死刑に処するにはまず証人たちが手を下し、ついで民がみな手を下さなければならない、と規定されています。申命記の17章です。しかも証人は3人いなければなりませんでした。証人の証言がいかに慎重であるべきかが分かります。そして証言者がまず石を投げて殺すことになりました。罪人が罪人を訴え、裁くということはそういうことだったのです。しかしこの場合、イエス様は沈黙、無視されたのです。真実な3人の証人たちもいないばかりか、相手の男もいないし、しかも最初に石を投げる証人たちもいないのです。ですからイエス様は、罪のない無罪の人だけがこの女に石を投げることができると言われたのです。イエス様はモーセの律法ではなく、私たち一人ひとりの良心に訴えました。罪を犯さない正しい人はこの世に誰もいないからです。イエス様は私たちを地上の法廷ではなく、天の法廷に引き出されたのではないでしょうか。罪ある者が感情だけで他人を裁く資格があるのでしょうか。イエス様のことばです。口語訳聖書で読みます。「人を裁くな。自分が裁かれないためである」(マタイの福音書7章1節)

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