さわやかでなくても

出演者
関根弘興
制作
PBA 太平洋放送協会
再生時間
5min
タグ
  • 疲れているとき
  • 不安や恐れを感じているとき
  • 元気をもらいたいとき

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アップロード日
2022.09.10
カテゴリ
人物・人生
聖書箇所
[旧約聖書] 詩篇 42篇
放送日
2022.09.10

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「世の光」の時間です。お元気でお過ごしですか。関根弘興です。
しばらく前に、ある教会にいきましたら、ご婦人の方が「関根先生、数年前に教会にいらしてくださったときの、先生のひとことが忘れられません」と言われたのです。「どんなことばを私は語りましたか?」と言うと、「集会が終わってみんなで食事をしているとき、私が『関根先生はいつも爽やかでいいですね』と尋ねたら、先生がこう言ったんです。『いやー、2時間が限度ですよ』って。私はそのことばが忘れられなくて」と言われたのですね。その方いわく、「そうなんだ。いつも爽やかでいたいけど、爽やかでいられないときも、たくさんあるのだなということが分かって、ホッとしたんです」と、こう言われたのです。
毎日朝を迎えると、今日も一日爽やかに過ごしたいと思います。しかし、現実は、爽やかに送る一日もあれば、そうではなく、つらく悲しく、落ち込みながら過ごす一日もまたあります。そして、それは両方ともあなたにとって大切な一日でもあるのですね。
ときどき、クリスチャンになることは、悩みが、そして悲しみがなくなってしまうとか、問題がすべてなくなると、考える人がいます。また、クリスチャンはいつも輝いて、明るく、喜びに満たされていなければ、立派なクリスチャンではないというような雰囲気さえあります。
でも、聖書を読むと、そうではなさそうですよね。詩篇42篇の中にはこんなことばが出てきます。「鹿が谷川の流れを慕いあえぐように 神よ私のたましいはあなたを慕いあえぎます。私のたましいは 神を 生ける神を求めて 渇いています。…昼も夜も 私の涙が 私の食べ物でした。」
この作者は、辛い辛い困難な中に置かれていたようでした。爽やかどころではありませんね。しかし、この作者は後半でこのように記しているのです。「昼には 主が恵みを下さり 夜には 主の歌が私とともにあります。私のいのちなる神への祈りが。」と。
まるでジェットコースターのように昇ったり急降下したりの連続です。しかし、これが私たちの現実ですね。「昼も夜も私の涙が私の食べ物でした」と語るときもあれば、「昼には主が恵みをくださり、夜には主の歌が私とともにあります」と言える時も来るわけです。
いつでも、元気で爽やかでいたいと願います。でも、そうでなくも大丈夫です。大切なことは、神様が私たちに約束してくださっている聖書のことばをあなたが自分のものとして受け入れ、正直に神様に自分の思いを告白しながら祈りつつ生きていくことなのですね。

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