エマオ村への途上で|イースタSP

出演者
矢木良雄
制作
PBA 太平洋放送協会
再生時間
5min
タグ
  • 不安や恐れを感じているとき
  • 孤独や悲しみを覚えるとき
  • 一歩踏み出したいとき
  • イースター

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アップロード日
2022.04.11
カテゴリ
人物・人生
聖書箇所
[新約聖書] ルカの福音書 24章
放送日
2022.04.11

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「世の光」の時間です。お元気でお過ごしですか。矢木良雄です。始めまして。
今週は、キリスト教の暦では、受難週と呼ばれる一週間です。15日の金曜日は、イエス・キリストが十字架につけられたことを記念する「受難日」です。
今日はまず、私の大好きな詩をご紹介したいと思います。島崎光正さんの有名な「エマオ途上」です。
「エマオ村に向かう 足の重い2人の弟子に よみがえりのイエスは加わった それとは知れず 互いに 話はアネモネの花のように心にはずみ 蝕まれた丸木橋の上では イエスが一番先に渡り また3人並んで旅を行った」。
アネモネが良いです。アネモネってどんな花か私は知らないのですが、響きがとても温かいです。「これは受難週の詩ではなく、イースターの詩じゃないですか」と言われそうです。そうなんです。この詩を、今日ご紹介したのは、ルカの福音書24章に記されている「エマオの途上」の場面がうたわれているからです。
「エマオの途上」は、イエス様の十字架に立ち合い、重たい気持ちで自分たちの村に帰ろうとする2人の弟子に、復活されたイエス様が出会うシーンです。
ルカの福音書には「イエスご自身が近づいて来て、彼らとともに歩き始められた」とあります。でもエマオの村に向かっていた2人の弟子たちの目がさえぎられていて、それがイエス様だとわからなかったのです。
一緒に歩いておられるのがイエス様だとわからない、私たちにもあることです。足の重い2人だったのに、いつの間にか話はアネモネの花のように心にはずむのです。
十字架は終わりではありません。今週は受難週ですが、それは、「イエス・キリストのよみがえりによって新しい世界が始まる」そんな週なのです。エマオの途上が記されているルカの福音書24章は「週の初めの日」から始まります。それは、新しい時代が始まった日でもありました。
私たちにはわからなくても、知らないうちにイエス様は、私たちと一緒に歩いておられるのです。受難週の一週間、主が一緒に歩いておられる、それを心に留めてスタートしたいと思います。

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