バラバを赦せ

出演者
関根弘興
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制作
一般財団法人 太平洋放送協会
タグ
  • 人を許すことが出来ないとき

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アップロード日
2020.10.21
カテゴリ
人物・人生
聖書箇所
[新約聖書] ルカの福音書 23章
放送日
2020.10.21
 世の光の時間です。お元気でお過ごしでしょうか、関根弘興です。
 イエス様は逮捕され、ユダヤ議会で死刑判決を受け、その後、ローマ総督ピラトのもとに送られました。しかし、当時のローマ法に照らしても、イエスを死刑にする罪など見つかりませんでした。そこでピラトは、ユダヤ人たちのところに出ていって、「私はあの人には罪を認めません。」と言ったのです。
 そして一つのことを提案しました。それは当時、過越の祭りの時に恩赦する慣習があり、イエスを釈放するのがいいのではないかと考えたのです。しかしその提案は、ピラトの予想に反し、思わぬ方向へと進んでいきました。なんと人々は、当時の極悪人であったバラバを釈放しろと声をあげたのです。このバラバという男は、都で暴動起こした有名な強盗で、ローマの法律に照らし合わせても死刑に値する男でした。まさか人々が、イエスの代わりにバラバを赦せなどと決して言わないだろうと、ピラトは考えました。しかし人々は口々に、「バラバを赦せ、イエスを十字架につけろ」と叫び始めたのです。そしてその声は、ますます大きくなっていきました。
 ピラトは、これ以上の混乱を避けようと思ったのでしょうね。人々の声に押され、バラバを釈放し、イエス様を十字架刑に処す方向へと舵を切っていきました。この出来事に一番驚いたのは、バラバ自身だったことでしょう。彼は突然呼び出され、何が何だかわからないうちに、手かせ足かせがはずされ、まったく自由の身になったのです。しかしこの出来事の中に、イエス様が身代わりになり、その結果、赦しがもたらされるという、象徴的な聖書の真理というものが表されているように思います。
 どうでしょうねえ。考えてみれば、私たちはみな、多かれ少なかれバラバのようなものだったかもしれませんね。神様に背を向け、悪態をついてきたようなそんなものです。しかし今、イエス様の身代わりの十字架によって赦され、自由にされるという救いの道が開かれていきました。? イエス様は、「わたしは、真理について証しをするために生まれ、そのために来ました。真理に属する者はみな、わたしの声に聞き従います。」と言われました。
 今日、私たち一人ひとりが、イエス様を信じ受け入れるとき、真理に属するもの、イエス様に属するものとされることを、あらためて感謝しようではありませんか。そして赦され、様々な束縛から自由にされ、喜び感謝しながら歩んでいこうではありませんか。

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