わざわいだ

出演者
羽鳥頼和
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制作
一般財団法人 太平洋放送協会

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アップロード日
2019.08.03
カテゴリ
人物・人生
聖書箇所
[新約聖書] マルコの福音書 6章34節
放送日
2019.08.03
世の光の時間です。お聴きくださりありがとうございます。羽鳥頼和です。
現代は災いの多い時代です。地震、津波、豪雨などの災害があちらこちらで起こっています。災いとは人を不幸にする出来事です。イエスは、当時の宗教指導者たちに対して、あなた方は災いだと言われました。彼らが災害と同じように人々を不幸にする存在であると、厳しく叱責されたのです。なぜイエスは彼らににそんな厳しいことを言われたのでしょうか。聖書から、そのことについてお話しします。
 新約聖書マタイの福音書23章では、イエスは、8回も彼らのこと災いだと言われています。イエスはその中で、彼らのことを偽善者だと言われました。彼らは自分たちが立派な人物であると人々に認められようとして、自分たちの知識をひけらかしていたのです。それだけではありません。彼らは自分たちの厳しい戒めで、人々をがんじがらめにしていました。その上彼らは、神の教えを正しく教えることせず、返って間違ったことを教えていました。そんな彼らのことをイエスは、「おまえたちには、正義とあわれみと誠実さがない。おまえたちは、内側は強い欲望と自己中心的な心で満ちている。」と厳しく戒められました。イエスは、どうして彼らをこれほど厳しく戒められたのでしょう。それは、彼らが偽善者だったからです。イエスは、他の人を不幸にする偽善を嫌われたのです。そこには、彼らによって傷ついて救いを得ることができない人々のことを思う、イエスのあわれみ深い愛の心があるのです。
 新約聖書マルコの福音書6章34節に、このようにあります。「イエスは、大勢の群衆をご覧になった。彼らが羊飼いのいない羊の群れのようであったので、イエスは彼らを深くあわれみ、多くのことを教え始められた。」イエスは、人々を哀れみ、愛してくださっています。それで、人々を救うために、十字架にかかって死んで下さったのです。人は、イエス・キリストの十字架によってのみ救いを得ることができるのです。明日は日曜日です。イエス・キリストの十字架の愛を知るために、お近くのキリスト教会にいらして下さい。

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