あるべき人の姿

出演者
関根弘興
制作
PBA太平洋放送協会
再生時間
5min
タグ
  • 人を許すことが出来ないとき
  • 一歩踏み出したいとき

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アップロード日
2022.05.06
カテゴリ
人物・人生
放送日
2022.05.06

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「世の光」の時間です。お元気でお過ごしでしょうか。関根弘興です。あなたはこんな会話をどう思いますか。

「楽しみがほしいって?それなら何か新しいものを手に入れればよいじゃないか。」
「退屈だって?それなら買い物にいけばいいんだよ。」
「後ろめたいって?それなら贈り物でもすればいいじゃないか。」
「不安だって?それならもっと貯金をすればいい。」
「人の注意をひきたいって?それなら車や派手なドレスがあるじゃないか。」
「寂しいって?それなら映画かカラオケでも行けばいいじゃないか。」

もしかしたら、あなたは、今までこういう答えを聞き続けてきたかもしれませんね。そして、心の奥から、「そういうことじゃないんだよな。違うんだよなぁ。」と叫びたい思いを感じたことがあるかもしれません。
私たちは3つの関係の中で生きています。まずは人との関係です。そして物との関係、そして神様との関係です。
聖書は、私たちのあるべき姿についてこう教えています。「まず、神様を心から礼拝しなさい」というところから始まるのです。「天地を創造された神様を神様としてあがめなさい」ということですね。もし、色々な物が神のようになっていったらどうでしょう。「すべての解決は物を得ることだ!」そう考えるような生き方は、どこかで人生が歪んでいってしまいます。
また、聖書は「隣人を愛しなさい」と言います。つまり、人と人の関係の基本は、互いに愛することなのですよと教えるわけです。夫を、妻を、家族を、また隣人を心から愛すること、人を人として尊重していくこと。これは人間関係の基本だというわけです。相手を利用するだけ利用してしまえという発想は、人としてふさわしいものではありませんよね。また、ある人物をまるで神様のようにあがめていくのもふさわしい生き方ではありません。
では、私たちの周りにある物は、いったい何のためにあるのでしょう。それは、互いの生活のために利用されるためにあるのです。決してあがめられたり、愛されるものではありません。互いの生活のために利用されていく、それが私たちの身の周りの物であるわけです。神様を心から礼拝し、人を愛し、与えられた物を生活のために用いる、ある意味でわかりきったことかもしれませんが、今、一番忘れられていることかもしれませんね。人のあり方をもう一度点検してみませんか。

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