十戒-自由への励まし-125 欲しがってはならない

出演者
大嶋重徳
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制作
一般財団法人 太平洋放送協会
タグ
  • 死や命について考えているとき

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アップロード日
2019.10.03
カテゴリ
人物・人生
聖書箇所
[旧約聖書] 出エジプト記 章
放送日
2019.10.03
 世の光の時間です。いかがお過ごしでしょうか。大嶋重徳です。聖書には十戒と呼ばれる、神と人との間に結ばれた約束があります。十戒をはじめとした聖書の言葉は、人間を縛り付けるものではなく、自由へと導くための言葉なのです。
 第十戒は「欲しがってはならない」です。第十戒は、欲しがる思いから私たちを開放して、どのような生き方へと連れていこうとしているのでしょうか。
 第十戒の「欲しがる」を意味するヘブル語は「ハーマド」という言葉です。この「ハーマド」という言葉は、旧約聖書の詩篇で使われ、「主への恐れはきよく、とこしえまでも変わらない。主のさばきはまことであり、ことごとく正しい。それらは、金よりも、多くの純金よりも好ましい。」の「好ましい」という言葉が「ハーマド」です。詩篇で私たちが本当に欲しがるべきものは、主への恐れ、主の裁きなのだと語ります。
 私たちは、いろんなものを欲しがり続けるのではなく、神様を恐れることを欲するのだというのです。私たちの人生の終りには、神様の前に立つ日が来ると聖書は語ります。そのとき私たちは、自分のなしてきた人生の刈り取りが求められ、神様の前の裁きの座に立つのです。
 死を迎える時、私たちは地上で手に入れたものを何一つ持っていくことなどできません。地上で手に入れた名声も、財産も、人間関係も持っていくことなどできないのです。私たちは一人で神様の前に立つこととなるのです。その人生の究極において最も欲しがるべきことは、神様への恐れをもって神と共に歩むことです。
 また、同じ十戒の言葉が記されている申命記では「欲しがる」という言葉は、「私のたましいは、夜あなたを慕います。」と使用されて、神を慕い求めることを欲するようにと語られます。つまり今日、あなたが本当の意味で欲しがるべきものは、神ご自身の交わりなのだと、第十の戒めは語っているのです。
 神様との交わりを欲するとは、神様の愛で満ち足りて生きることです。私たち人間の、余計なものを欲しがってしまう根源的な理由は、私たちのたましいが神の前で満たされることに乾きを覚えているためです。
 パスカルという人は言いました。「人間には神にしか埋めることのできない空洞がある」と。私たちは、その空洞を埋めようといろんなものを手に入れようとします。しかしそれらが、本当の意味で私たちの心を満たしてくれたりはしません。しかし、十戒 第十の戒めは、あなたが本当に欲しがるべきもの。この神様と共に生きることなのだと語りかけてくれるのです。ここに、あなたの欲しがっているすべてのものがあるのだと。

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