天に記されている名前①

出演者
大嶋重徳
制作
PBA 太平洋放送協会
再生時間
5min

もっと詳しく見る

アップロード日
2026.01.05
カテゴリ
人物・人生
聖書箇所
[新約聖書] ルカの福音書 10章
放送日
2026.01.05

いいね登録

     登録数:1

いいねリストを見る

「世の光」の時間です。いかがお過ごしでしょうか。大嶋重徳です。今週は聖書のルカ福音書10章から学びます。
イエス様は72人の弟子たちを二人一組で送り出し、神を信じる素晴らしさを伝え、さらに苦しんでいる人たちの中に巣食っている悪霊を追い出しなさいと命じられました。悪霊とは人の心を縛り付け、自由を奪い取っていく力のことです。彼らが遣わされていった場所は、イエス様が行こうとされていた場所でした。責任重大です。いつも一緒に居てくださるイエス様が今日はおられない。緊張したでしょう。しかし、弟子たちは喜んで帰ってきて「主よ。あなたの御名を用いると、悪霊どもでさえ私たちに服従します。」とイエス様に報告しました。いい仕事が出来たのです。この日の晩ごはんは、とっても美味しかったでしょう。するとイエス様は「サタンが稲妻のように天から落ちるのを、わたしは見てました。」と、言ってくださいました。「見てたよ」一番見ていて欲しい人に見てもらって、褒めてもらえる。さらにその日のご飯は美味しくなります。
子どもの頃、参観日で良い発言をして、先生にほめられた時に「お母さん見てる?」と振り向いた子どもの頃を思い出します。部活で良いプレイが出来た時、いい演奏が出来た時、いい点数を取れた時にも、親にこそ見ていて欲しい。そこで親がよそ見をしていたらがっかりしてしまいます。もしテストで90点とっても、「あと10点取れなかった意味を考えなさい」なんて言われたりするとがっかりします。親からも褒められずに育ってしまうと、いつの間にか神様も100点に10点足りないことを責めてくる、そんな神様イメージを作り上げてしまうことがあるかもしれません。しかし、イエス様は、いい仕事が出来た時には必ず見ていてくださいます。むしろイエス様のほうが興奮して、こちらよりも喜んで、「私は見てました」と私達のなしたことを喜んでくださる。
しかし私達の仕事は、いつもいい仕事ばかりかというと、そんなことはありません。全く仕事がうまく行かない時もあります。どちらかと言うとそんな日が多いかもしれません。そしてそんな時には激しく落ち込みます。そんな風に揺れ動いてしまう自己認識に対して、私達の喜ぶべき本当の喜びについて、イエス様は語ってくださいました。「あなたの名前が天に書き記されていることを喜びなさい」これは一体、どういうことなのでしょうか。今週はこのイエス様のことばから、ご一緒に学んでいきたいと思います。

コメント

番組に対するコメントはまだありません。ぜひ感想をお願いいたします。

コメントを投稿する

お問い合わせ