ルカの福音書-100 わたしの心だ。きよくなれ

出演者
大嶋重徳
制作
PBA太平洋放送協会
再生時間
5min
タグ
  • 元気をもらいたいとき
  • 一歩踏み出したいとき

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アップロード日
2022.05.21
カテゴリ
人物・人生
聖書箇所
[新約聖書] ルカの福音書 5章
放送日
2022.05.21

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「世の光」の時間です。いかがお過ごしでしょうか。大嶋重徳です。
ルカ福音書を順番に読んでいます。5章に出てくる、重い皮膚病を癒やされた人にイエス様は言われました。「祭司のところに行って、自分を見せなさい。そして人々へのあかしのため、あなたのきよめの供え物をしなさい。」
「祭司のところに行って、自分を見せなさい。」とは、「癒やされた」宣言をしてもらいなさいという意味です。祭司が「もうこの人はきよいのだ」という宣言をしたならば、もう誰も彼を「汚れている」とは言ってはいけない。そして、もう「汚れている」と自分で自分のことを言わないで良い宣言を祭司がしてくれる。「あかしのためのきよめの供え物をする」というのは、隠れるように生きていた人生から、人前に出ていくことのできる人生の始まりを意味しています。
聖書にでてくる洗礼を受けるということもこのようなことです。もう私たちは自分の人生を「私は汚れている。汚れている。」と言わなくて良いのです。神さまの側の宣言が注がれたからです。キリストのきよさを身にまとった宣言を受けたからです。新しい人生の始まりがここからあります。神の心とともに生きる人生の始まりです。
ある時、私が「聖書が語っている結婚を学ぼう」という夫婦セミナーに参加しました。すると、講師の方が「あなたは天国で何をしていると思いますか」夫婦で考えなさいという質問がされました。すると妻がじーっと考えていたうえで「あなたは天国で子どもたちに絵本を書いているんじゃない」と言ってくれたのですね。へ~と思いながら「どうして?」と聞くと、「あなたはほっといても考え事をずっとしているでしょ。何か物語を考えている気がするの」その時はっとしました。
私が小学校の頃、いじめられて一人で帰っていたあの帰り道、空想しながら自分を癒やし、物語を作りながら、自分を守ってきました。あの空想の中で培ってきたことばが、今、説教者として人々の心に絵が浮かぶようなことばの選択ができるようになってきたのだと思ったんです。嬉しい思いがしました。
「わたしの心だ。きよくなれ」私たちの人生の歪んでしまっているものを、イエス様は、イエス様の心に触れさせて「きよくなれ」と言ってくださる。このまま汚れて、歪んでいってはいけない。まっすぐに神の心に近づけてくださる神の計画があるのです。イエス様は今日も私たちのために祈ってくださる。「わたしの心だ」と。私たちもイエス様に祈っていきたいと思います。

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