やる気をそがれる
- 出演者
- 板倉邦雄
- 制作
- PBA 太平洋放送協会
- 再生時間
- 5min
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- アップロード日
- 2019.10.15
- カテゴリ
- 人物・人生
- 聖書箇所
-
[新約聖書] 使徒の働き 13章
[新約聖書] ローマ人への手紙 8章28節
- 放送日
- 2019.10.15
世の光の時間です。いかがお過ごしですか。板倉邦雄です。今日は、「やる気をそがれる」という題でお話ししましょう。
これからみんなで、力を合わせてやっていこうという時に、「いち抜けた」と言われたら、がっかりしてやる気がそがれますね。三人の伝道チームから、ヨハネ・マルコが抜けてしまったのです。使徒の働き13章の続きです。
さて、キプロス島での魔術師エルマ事件で、総督セルギオ・パウロがキリスト者になった後、パウロ伝道チームの一行、三人は、キプロス島のパポスの港から船出しました。そして、小アジアの南岸、パンフリヤ地方のペルガに渡ったのです。ここでヨハネ・マルコは一行から身を引いて、エルサレムに帰ってしまいました。その理由は書いてはいません。しかし、伝道旅行というものは、思ったより大変だということです。
私も、キリスト教の伝道者養成の学校で、学生6名を引率して、新潟へ伝道旅行に行ったことがありました。しかし、三日目のある夕方、一人の学生が東京へ帰ってしまったことを思い出します。
ヨハネ・マルコがいなくなって、三人から二人のチームになりましたが、パウロとバルナバの二人は、めげることなくペルガへ進みました。このペルガから、ピシデヤの地方アンテオケに進むことになりました。ピシデヤのアンテオケに行くには、直線にして約160キロメートルです。しかし途中、山賊の出る険しいタウルス山を越えなければなりませんでした。アンテオケには、山に囲まれた軍事基地があり、そこにはユダヤ人の会堂があったからです。何とかして会堂を足場にして伝道していきたかったのですね。
若きヨハネ・マルコの戦線離脱は、バルナバとパウロにとって、これからという時でしたので、やる気をそがれ、出鼻をくじかれたことでしょう。アンテオケへ向かうタウルス山を越える二人の足取りは重かったことでしょう。しかし、バルナバとパウロも、万事を益としてくださる神を知っていました。
聖書のことばです。「神を愛する人たち、すなわち、神のご計画にしたがって召された人たちのためには、すべてのことがともに働いて益となることを、私たちは知っています。」ローマ人への手紙8章28節。
これからみんなで、力を合わせてやっていこうという時に、「いち抜けた」と言われたら、がっかりしてやる気がそがれますね。三人の伝道チームから、ヨハネ・マルコが抜けてしまったのです。使徒の働き13章の続きです。
さて、キプロス島での魔術師エルマ事件で、総督セルギオ・パウロがキリスト者になった後、パウロ伝道チームの一行、三人は、キプロス島のパポスの港から船出しました。そして、小アジアの南岸、パンフリヤ地方のペルガに渡ったのです。ここでヨハネ・マルコは一行から身を引いて、エルサレムに帰ってしまいました。その理由は書いてはいません。しかし、伝道旅行というものは、思ったより大変だということです。
私も、キリスト教の伝道者養成の学校で、学生6名を引率して、新潟へ伝道旅行に行ったことがありました。しかし、三日目のある夕方、一人の学生が東京へ帰ってしまったことを思い出します。
ヨハネ・マルコがいなくなって、三人から二人のチームになりましたが、パウロとバルナバの二人は、めげることなくペルガへ進みました。このペルガから、ピシデヤの地方アンテオケに進むことになりました。ピシデヤのアンテオケに行くには、直線にして約160キロメートルです。しかし途中、山賊の出る険しいタウルス山を越えなければなりませんでした。アンテオケには、山に囲まれた軍事基地があり、そこにはユダヤ人の会堂があったからです。何とかして会堂を足場にして伝道していきたかったのですね。
若きヨハネ・マルコの戦線離脱は、バルナバとパウロにとって、これからという時でしたので、やる気をそがれ、出鼻をくじかれたことでしょう。アンテオケへ向かうタウルス山を越える二人の足取りは重かったことでしょう。しかし、バルナバとパウロも、万事を益としてくださる神を知っていました。
聖書のことばです。「神を愛する人たち、すなわち、神のご計画にしたがって召された人たちのためには、すべてのことがともに働いて益となることを、私たちは知っています。」ローマ人への手紙8章28節。
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