後悔先に立たず
- 出演者
- 板倉邦雄
- 制作
- PBA 太平洋放送協会
- 再生時間
- 5min
- タグ
-
- 不安や恐れを感じているとき
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- アップロード日
- 2021.10.25
- カテゴリ
- 人物・人生
- 聖書箇所
-
[新約聖書] 使徒の働き 27章
- 放送日
- 2021.10.25
「世の光」の時間です。いかがお過ごしですか、板倉邦雄です。今日は「後悔先に立たず」という題でお話ししましょう。
「後悔先に立たず」事が過ぎてから後悔しても、何の益もないという意味ですね。それにも関わらず、その事のある前には、私たちは後悔するということに気づかないものですから、なんと愚かな者たちでしょうか。
使徒の働きの27章の続きです。さて、船の航路にとって、危険な季節、10月から11月に入っていました。パウロの警告も無視して、276人を乗せたイタリア行きの船は、クレタ島の「良き港」を出航しました。
すると間もなく、暴風が島から吹き降ろして来たのです。船は、風と波に逆らうことができなかったので、流されるままに任せる以外にはありませんでした。聖職者のルカは、27章で次のように語り続けます。「カウダという小島の陰に、はいり込んだので、私たちは、やっとのことで小舟を引き寄せることができ、小舟を船体に引き上げて、綱でしっかりと船体に巻きつけることができました。また、浅瀬に乗り上げるのを恐れて、帆をおろして流れるままにしたのです。私たち一同は、暴風にひどく悩まされ続けて、いのちの危険を感じるようになったので、人々は船体を軽くするために、積荷を捨て始めました。そして、三日目には、船の道具までも、自ら海に投げ捨てたのです。それから、幾日ものあいだ、太陽も星も見えず、暴風は激しく吹きすさぶので、私たちの助かる最後の望みもなくなってきました。」
人々は、パウロのことばを思い出していました。クレタ島出港の前です。パウロはこう言いました。「皆さん。私の見るところでは、この航海では、船体ばかりではなく、私たちのいのちにも危険と大きな損失が及ぶでしょう。」
恐らく、このような状況になって始めて、船長も船主も航海士も、そして、百人隊長も乗客者全員も「パウロの言われたとおりにしておけば、こんなひどい目にあわなくてすんだのに」と思ったことでしょう。しかし、「後悔先に立たず」でした。
私たちも自分や人のいのちよりも、自分の仕事を早く終わりたい、利益を優先したい、便利さや快適さを求めてしまうということです。私たちは、第一に優先すべきことを第一にしていきたいものですね。
「後悔先に立たず」事が過ぎてから後悔しても、何の益もないという意味ですね。それにも関わらず、その事のある前には、私たちは後悔するということに気づかないものですから、なんと愚かな者たちでしょうか。
使徒の働きの27章の続きです。さて、船の航路にとって、危険な季節、10月から11月に入っていました。パウロの警告も無視して、276人を乗せたイタリア行きの船は、クレタ島の「良き港」を出航しました。
すると間もなく、暴風が島から吹き降ろして来たのです。船は、風と波に逆らうことができなかったので、流されるままに任せる以外にはありませんでした。聖職者のルカは、27章で次のように語り続けます。「カウダという小島の陰に、はいり込んだので、私たちは、やっとのことで小舟を引き寄せることができ、小舟を船体に引き上げて、綱でしっかりと船体に巻きつけることができました。また、浅瀬に乗り上げるのを恐れて、帆をおろして流れるままにしたのです。私たち一同は、暴風にひどく悩まされ続けて、いのちの危険を感じるようになったので、人々は船体を軽くするために、積荷を捨て始めました。そして、三日目には、船の道具までも、自ら海に投げ捨てたのです。それから、幾日ものあいだ、太陽も星も見えず、暴風は激しく吹きすさぶので、私たちの助かる最後の望みもなくなってきました。」
人々は、パウロのことばを思い出していました。クレタ島出港の前です。パウロはこう言いました。「皆さん。私の見るところでは、この航海では、船体ばかりではなく、私たちのいのちにも危険と大きな損失が及ぶでしょう。」
恐らく、このような状況になって始めて、船長も船主も航海士も、そして、百人隊長も乗客者全員も「パウロの言われたとおりにしておけば、こんなひどい目にあわなくてすんだのに」と思ったことでしょう。しかし、「後悔先に立たず」でした。
私たちも自分や人のいのちよりも、自分の仕事を早く終わりたい、利益を優先したい、便利さや快適さを求めてしまうということです。私たちは、第一に優先すべきことを第一にしていきたいものですね。
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