私は主をほめたたえます

出演者
福井誠
制作
PBA 太平洋放送協会
再生時間
5min

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アップロード日
2019.10.23
カテゴリ
人物・人生
聖書箇所
[旧約聖書] 詩篇 7篇17節
放送日
2019.10.23

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世の光の時間です。いかお過ごしでしょうか。福井誠です。「継続は力なり」聖書を一日一日と読み進むなら、不思議にも自然に養われていくものがあるものですね。今日も聖書を開いてまいりましょう。詩篇7篇17節から、「私は主をほめたたえます」と題して、メッセージをお伝えいたします。
「私は主をほめたたえます。その義にふさわしく。いと高き方 主の御名をほめ歌います。」
 詩篇7篇の表題には、ベニヤミン人クシュとあるのですが、これは一体誰なのか、当時の年代記にその名は見当たらず正体不明です。しかし、おそらく第二サムエル記16章に出てくるシムイのような、ベニヤミン族に属するダビデに敵対的なものであったのではないかと考えられていますね。つまり詩篇7篇は、ダビデが根拠のない非難や中傷を受ける中で、神の守りと正しい裁きを求めながら、神は全地を裁く方であり、悪は自滅するのだという個人的な確信に至った、その信仰的な心境をうたっているものなのです。
 では、そのダビデの神との語り合いを見てみましょう。まずダビデは、分別もなく容赦なく攻め立ててくる敵に囲まれることは、恐ろしい経験であること。そして、その経験の中にあって、素直に助けを求めていますね。自分に味方するものが誰一人いない。頼りは目に見えない神だけであるという状況、しかも、自分に落ち度があるわけではない。弁明もできない実に惨めな状況の中で、ダビデは、ヨブのように、自分の無実を信じて神に訴えています。
 苦難にあって、神も仏もないと人にかみつく人もいますが、ダビデはただ神に訴え、神の答えを待ち望んでいます。しかし、ただ待ち望んではいませんね。彼はここで、神のご性質について深く思いめぐらしているのです。彼は、神が私たちを弁護してくださるお方であると思いめぐらしていますね。また10節、盾となってくださるお方。心の直ぐなものを救われるお方。神は公平な裁判官であると、自分に関わって下さった神のご性質について、あれこれ思い返しているのです。
 ダビデはそのようにして、自らの先に明るい見通しと確信を持ち、「主をほめたたえます」と告白していますね。神のご性質をゆっくり思いめぐらす大切にしたい部分です。では良き一週を祈ります。

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