無駄と思えても

出演者
関根弘興
制作
PBA 太平洋放送協会
再生時間
5min

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アップロード日
2019.10.11
カテゴリ
人物・人生
放送日
2019.10.11

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 世の光の時間です。お元気でお過ごしでしょうか。関根弘興です。
 イエス様が、ベタニアのシモンという人の家に行った時のことでした。この村に住むマリヤが、大変高価なナルドの香油の壺を割り、イエス様に注ぎ始めました。するとその香りは家中に広がり、それは麗しい光景となっていきました。
 しかしそれを見て、すぐに批判が起こったのです。「なんという無駄なことをするのか。これを三百デナリで売って、貧しい人に施した方がよいではないか」そういう声でした。このことを言ったのは、イエス様の弟子のユダであり、また身近な弟子たちでした。彼らは一斉にマリヤを批判したんですね。
 しかしイエス様はこう言われました。「そのままにしておきなさい。この女は、自分にできることをしたのです。埋葬の用意にと、わたしのからだに、前もって油を塗ってくれたのです。まことに、あなたがたに告げます。世界中のどこででも、福音が宣べ伝えられる所なら、この人のした事も語られて、この人の記念となるでしょう。」イエス様は、こうおっしゃったんですね。マリヤが香油を注いだ時、弟子たちは無駄だと批判しましたが、イエス様は立派なことをしてくれたと、マリヤを称賛なさったのです。
 私たちはともすると、自分自身の狭い判断で物事を評価してしまいがちです。マリヤは、イエス様に対する心からの感謝と、愛と献身の思いを込めて香油を献げましたが、弟子たちはその姿を無駄だと批判したのですね。
 しばらく前ですが、ある方に「関根さん、礼拝も大事かもしれませんがねえ。礼拝していても食っちゃいけないんですよ。」そう言われました。イエス様を礼拝したって、一銭も得にならないっていうわけですね。そんな無駄な時間を使うなら、もっと別のことのために時間を使いたいというわけです。またある人は、「関根さん、祈っても何も起こらない。何だか無駄だと思うんです。」こういうふうにおっしゃる方がいます。
 しかしイエス様は、決してそうは見ないのですね。もし私たちが、心から主に献げる感謝や賛美、それは人の目に無駄と見えるかも知れませんが、しかしイエス様は、その一つ一つのことを、「あなたは立派なことをしてくれた」と喜んで下さるのです。ぜひ、知っていただきたいんですね。イエス様は、人の目には無駄と見えたとしても、私たちが献げる感謝や賛美そして礼拝を、ご自分の栄光をあらわすために用いて下さるお方なのです。ですからこの方にあって、何一つ無駄になることはないのですね。

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