十戒-自由への励まし122 欲しがってはならない

出演者
大嶋重徳
制作
PBA 太平洋放送協会
再生時間
5min

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アップロード日
2019.09.12
カテゴリ
人物・人生
聖書箇所
[旧約聖書] 出エジプト記 章
放送日
2019.09.12

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 世の光の時間です。いかがお過ごしでしょうか。大嶋重徳です。聖書には十戒と呼ばれる、神と人との間に結ばれた約束があります。十戒をはじめとした聖書の言葉は、人間を縛りつけるものではなく、自由へと導くための言葉なのです。
 十戒 第十の戒めは「欲しがってはならない」です。しかし、確認しておくべきことは、私たちの持つ欲望は、神様が作られた大切なものです。睡眠欲も食欲も性欲もまた必要なものです。しかし問題は、私たちがふさわしいものを求めることができなくなっていることに、自覚できていないことなのです。
 新約聖書には、イエス様に自分の財産の調停を求める一人の人が出てきます。ここでイエス様は、その人だけではなく、そこにいるすべての人に顔を向けて、どんな貪欲にも注意して、よく警戒しなさいと語られました。イエス様は、注意し警戒すべき問題は、財産それ自体にあるのではなく、人間の心の中にある貪欲こそが、問題の根幹にあることを見抜いておられたのです。
 ここで注意し警戒しなさいと言われたのは、私たちが注意し警戒するべきことだと自覚していないと、自分が貪欲に陥っていることがわからなくなってしまうからです。なぜなら人の貪欲さは、人によってそれぞれその傾向が現れる場所が違うからです。自分は、あんまり欲しいものがないのよねと思っていても、貪欲さがお金に現れる人ばかりではありません。人から受ける称賛に現れる場合もあります。もっと褒めて欲しい、あるいは車、家などの所有への欲が現れる人や、学歴に貪欲が現れることもあります。また、人から羨ましがられるようなステイタス、結婚相手がいることに、貪欲が現れる人もいるでしょう。組織や人や、コントロールすることのできる権力に、貪欲が現れる人もいます。もっと人の上に立ちたいという思いです。あるいは、もっと自分を愛して欲しいと願う感情が、貪欲になることもあります。時には、本当は欲しいと思っていなくとも、誰かが持っているなら、自分も持っていないと恥ずかしいと、欲しがる気持ちを抑えられない場合もあるでしょう。
 十戒の第十の戒めは、あなたの心の深いところにある、あなた特有の貪欲の形に気がつくように促します。そして、そこに注意を払っていきなさいと、そうでなければ気がつかないうちに、そこから私たちの罪は始まっていくのだと語りかけるのです。あなたの欲しがってしまうものは何ですか?その感情に、神様がどのように今日向き合うように語りかけられているでしょうか。

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