ルカの福音書34-祈られている

出演者
大嶋重徳
制作
PBA 太平洋放送協会
再生時間
5min

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アップロード日
2020.09.24
カテゴリ
人物・人生
聖書箇所
[新約聖書] ルカの福音書 2章
放送日
2020.09.24

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世の時間です。いかがお過ごしでしょうか、大嶋重徳です。ルカ福音書を順番に読んでいます。ルカ福音書2章には、シメオンという人物が出てきます。イエス・キリストに会うまでは死なないというお告げを信じ、神殿でキリストを待ち続けていました。そのような信仰を生み出したのは、彼がイスラエルのために祈る人であったからです。
 教会では、祈祷会という集まりをしています。互いに祈って欲しいことを出し合って、神様の前で祈るのです。自分のためだけ祈るのではなく、誰かのために祈ることを神様は喜ばれます。聖霊の働きに従うために、敏感に感じるために必要なことは、誰かのためにとりなし祈ることです。とりなしとは、誰かのために祈ることです。おそらく、神様の与えて下さる奇跡的な体験は、あなたがこれだけ祈ったから与えられたというよりも、あなたが誰かから祈られているからこそ、与えられたものなのではないかと思います。  
 今日、ラジオをお聴きくださっているあなたのためにも、今日だれかが祈って下さっています。私たちは、だれかに祈られていたからこそ、今このラジオを聞いているのです。あなた以上に、あなたが救われることを信じ祈っていてくれた、家族や、友人、信仰の先輩がいてくれるのです。
 たまたま、今朝のこのラジオ聞いて下さったあなたのためにも、あなたが救われることを、慰めを受けることをとりなし祈り続けてくれているクリスチャンが、あなたの町に必ずいて下さるのです。
 クリスチャンに既になられた方は、自分が信仰告白した時に、涙を流して喜んでくれる人がいて、驚いたのではないかと思います。そんなに喜ぶことかと。
 シメオンは最後に言います。「主よ。今こそあなたは、あなたのしもべを、みことばどおり、安らかに去らせてくださいます。」シメオンは、もう私は死んでも良いといいました。もうこの人生を終えることに何の悔いもない。十分に走り抜いてきたと言える人生が私にはあったと。
 このようなことばを言って終わることのできる人生は、なんとすばらしいことでしょうか。それを生み出したのは、祈りの信仰であり、とりなしの信仰です。
 私は牧師として、このシメオンのことばを言いうる人生を、皆さんに送っていただきたいと思っています。このことばを持って、天国に皆さんを送り出していきたいと思うのです。今日もラジオをお聴きの皆さんのために祈っています。

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