パイオニア創業者 松本望
- 出演者
- 岩井基雄
- 制作
- PBA 太平洋放送協会
- 再生時間
- 5min
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- アップロード日
- 2020.04.27
- カテゴリ
- 人物・人生
- 聖書箇所
-
[旧約聖書] 伝道者の書 12章1節
- 放送日
- 2020.04.27
「世の光」の時間です。お元気ですか、岩井基雄です。第四月曜日は、歴史 の中を歩んだクリスチャンの生涯から学んでいますが、今日はパイオニアの創 業者、松本望ついて学んでみましょう。
明治 38 年、神戸で、キリスト教の伝道師、松本勇治の次男として生まれた 松本は、「幼い時から勤労の精神を養っておかねばならぬ」という父の教育で、 小学校の三年生から新聞配達をし、そして猛勉強して入った関西学院中学校で は、多くの賛美歌に触れ、聖書を学び、様々な感化を受けるのです。しかし中 退を余儀なくされた松本は、音響機器会社などで勤務します。その間、関東大 震災を経験し、神戸に戻り、また敗血症を患うなど、苦難の連続でした。しか しその中でも、神への信頼は揺るがず、生涯を共にすることになる妻、千代と 結婚し、二人で貧しい中をも懸命に生きていきます。若い頃から多くの音楽を 聴いてきた松本は、ラジオを作成したり、あらゆるチャレンジをする中、音に こだわり続けました。
ラジオ輸入商の高木商会に勤めていた時、ある方から、「あなたの人柄を見込 んで、独立資金を援助しよう」と言われ、融資を受けた松本は、昭和 12 年、国 内初のダイナミックスピーカー[A-8]の開発に成功し、音響業界に衝撃を与えま した。そして翌昭和 13 年に、福音商会電機製作所を設立し創業します。「福音」 とは、キリストの十字架と復活による人々の救いのことですね。幼い頃から神 を信じ、キリストにある人生を考えていた松本は、「音によって社会貢献する」 というビジョンを持って社名をつけたそうです。その背後には何よりも、神様 の栄光を現したいという思いもあったことでしょう。
昭和 22 年には福音電気株式会社と改組し、昭和 36 年には社名をパイオニア に改称します。その後もパイオニアは松本のビジョンと開拓スピリットを持っ て、セパレートステレオやレーザーディスクの開発、商品化を成功させていく のです。若い時のビジョンが、世界に貢献し、また神様の栄光を現すことにな っていったのです。
聖書の言葉「あなたの若い日に、あなたの創造者を覚えよ。わざわいの日が 来ないうちに、また『何の喜びもない』と言う年月が近づく前に。」伝道者の書 12章1節
明治 38 年、神戸で、キリスト教の伝道師、松本勇治の次男として生まれた 松本は、「幼い時から勤労の精神を養っておかねばならぬ」という父の教育で、 小学校の三年生から新聞配達をし、そして猛勉強して入った関西学院中学校で は、多くの賛美歌に触れ、聖書を学び、様々な感化を受けるのです。しかし中 退を余儀なくされた松本は、音響機器会社などで勤務します。その間、関東大 震災を経験し、神戸に戻り、また敗血症を患うなど、苦難の連続でした。しか しその中でも、神への信頼は揺るがず、生涯を共にすることになる妻、千代と 結婚し、二人で貧しい中をも懸命に生きていきます。若い頃から多くの音楽を 聴いてきた松本は、ラジオを作成したり、あらゆるチャレンジをする中、音に こだわり続けました。
ラジオ輸入商の高木商会に勤めていた時、ある方から、「あなたの人柄を見込 んで、独立資金を援助しよう」と言われ、融資を受けた松本は、昭和 12 年、国 内初のダイナミックスピーカー[A-8]の開発に成功し、音響業界に衝撃を与えま した。そして翌昭和 13 年に、福音商会電機製作所を設立し創業します。「福音」 とは、キリストの十字架と復活による人々の救いのことですね。幼い頃から神 を信じ、キリストにある人生を考えていた松本は、「音によって社会貢献する」 というビジョンを持って社名をつけたそうです。その背後には何よりも、神様 の栄光を現したいという思いもあったことでしょう。
昭和 22 年には福音電気株式会社と改組し、昭和 36 年には社名をパイオニア に改称します。その後もパイオニアは松本のビジョンと開拓スピリットを持っ て、セパレートステレオやレーザーディスクの開発、商品化を成功させていく のです。若い時のビジョンが、世界に貢献し、また神様の栄光を現すことにな っていったのです。
聖書の言葉「あなたの若い日に、あなたの創造者を覚えよ。わざわいの日が 来ないうちに、また『何の喜びもない』と言う年月が近づく前に。」伝道者の書 12章1節
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