死んだ息子が持っていた聖書
- 出演者
- 榊原 寛
- 制作
- PBA 太平洋放送協会
- 再生時間
- 5min
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- アップロード日
- 2026.09.04
- カテゴリ
- 人物・人生
- 聖書箇所
-
[新約聖書] ヨハネの福音書 21章4節
- 放送日
- 2026.09.04
神の愛を伝えて75年!今日の「世の光」は、1998年4月に放送された榊原寛牧師のお話をお届けします。
私は、もう21年前になりますか、6歳になる次男を交通事故で失いました。この番組でも、しばしばお話をしているわけですけども、悲しくって、つらくって、「もう私も神様、生きていけなくなりました。私のいのちをお取りください」なんてですね、毎日毎日、こう、べそをかきながら涙を流した日々がありました。
そのような時、小学校の上がりたてでありました、その子どもに買ってあげた聖書を、パラパラこうめくっているうちに、子どもが赤線を引いているところに目が止まりまして、その一つにですね、「夜が明けそめたとき、イエスは岸べに立たれた。けれども弟子たちには、それがイエスであることがわからなかった」この復活されたイエスの姿の場面にですね、赤線が引っ張ってあったんですね。6歳の子どもが、なんでこんなところをと思っていた矢先に、以前もお話申し上げたように。子どもの声が背中に聞こえるような気がしました。「お父さん、いつまでもお父さんは夜中にいるの?復活されたイエス様は夜明けを用意して、お父さんのために岸べに立っていてくださるじゃない」そんな声を聞いて、私は悲しみから立ち上がったことがあるんでありますけども、実は、そのガリラヤ湖の岸べにですね、長男の息子と一昨年、行くことができたんですね。今、この息子は31歳になりますけども、神奈川県の横浜で牧師をさせていただいていますが、その長男と肩を抱き合いながら私は祈りました。「もう20年も前、弟のヨシヤがこのおことばに線を引いていたよ。その岸べというのは、この辺だったかもね」って、息子と話しながら「復活されたイエス様、よみがえられて、いつも私たちと共にいてくださるイエス様、とっても悲しい20年でしたけども、頑張ってやってきました」って祈ったんですね。そうしましたら長男もですね、「悲しくてつらくて寂しかったけど、弟の分まで頑張ってきました」って、そんな風に涙を流して祈ったのです。
私たちは、よみがえられたイエス様がいなかったら、悲しみは悲しみのまんま、苦しみは苦しみのまんま、望みはいつも失望に終わらせられて、永遠の虚しさ、永遠の滅びに向かっていく以外にないのではないでしょうか。でも、よみがえられたイエス様は、あなたのためにも今日、夜明けを用意し、岸べに立っていてくださるお方です。いえ、あなたと共に歩んでくださるお方なのです。
私は、もう21年前になりますか、6歳になる次男を交通事故で失いました。この番組でも、しばしばお話をしているわけですけども、悲しくって、つらくって、「もう私も神様、生きていけなくなりました。私のいのちをお取りください」なんてですね、毎日毎日、こう、べそをかきながら涙を流した日々がありました。
そのような時、小学校の上がりたてでありました、その子どもに買ってあげた聖書を、パラパラこうめくっているうちに、子どもが赤線を引いているところに目が止まりまして、その一つにですね、「夜が明けそめたとき、イエスは岸べに立たれた。けれども弟子たちには、それがイエスであることがわからなかった」この復活されたイエスの姿の場面にですね、赤線が引っ張ってあったんですね。6歳の子どもが、なんでこんなところをと思っていた矢先に、以前もお話申し上げたように。子どもの声が背中に聞こえるような気がしました。「お父さん、いつまでもお父さんは夜中にいるの?復活されたイエス様は夜明けを用意して、お父さんのために岸べに立っていてくださるじゃない」そんな声を聞いて、私は悲しみから立ち上がったことがあるんでありますけども、実は、そのガリラヤ湖の岸べにですね、長男の息子と一昨年、行くことができたんですね。今、この息子は31歳になりますけども、神奈川県の横浜で牧師をさせていただいていますが、その長男と肩を抱き合いながら私は祈りました。「もう20年も前、弟のヨシヤがこのおことばに線を引いていたよ。その岸べというのは、この辺だったかもね」って、息子と話しながら「復活されたイエス様、よみがえられて、いつも私たちと共にいてくださるイエス様、とっても悲しい20年でしたけども、頑張ってやってきました」って祈ったんですね。そうしましたら長男もですね、「悲しくてつらくて寂しかったけど、弟の分まで頑張ってきました」って、そんな風に涙を流して祈ったのです。
私たちは、よみがえられたイエス様がいなかったら、悲しみは悲しみのまんま、苦しみは苦しみのまんま、望みはいつも失望に終わらせられて、永遠の虚しさ、永遠の滅びに向かっていく以外にないのではないでしょうか。でも、よみがえられたイエス様は、あなたのためにも今日、夜明けを用意し、岸べに立っていてくださるお方です。いえ、あなたと共に歩んでくださるお方なのです。


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