神は私の行く道を知っておられる
- 出演者
- 羽鳥 明
- 制作
- PBA 太平洋放送協会
- 再生時間
- 5min
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- アップロード日
- 2026.08.24
- カテゴリ
- 人物・人生
- 聖書箇所
-
[旧約聖書] ヨブ記 23章10節
- 放送日
- 2026.08.24
神の愛を伝えて75年!今日の「世の光」は、1996年10月に放送された羽鳥明牧師のお話をお届けします。聞き手は、当時の「世の光」アナウンサー四本郁子さんです。
今日は「神は私の行く道を知っておられる」という、そういうお話です。私ね、あるお父さん、クリスチャンの若いお父さんの作られた詩を読みましてね。お読みしてみましょうか。
「私は幼い娘に人形を与える約束をした。
私はあれこれとその人形について考えた。
素晴らしい形、真珠の歯、動く目、歩く足と本当の髪の毛。
店に入るとすぐ娘は、安っぽくケバケバしい人形をしっかり掴んで抱きしめた。
取り替えるのにはずいぶんと骨折った。
一番良いのを買ってやろうと思っていたのに、それを取り上げると
娘の目に涙があふれた。
やっとそれでも、思い通りのものを与えた。
すると可愛い顔が急に喜びに輝いた。
人形がとてもきれいだったので。
ああ主イエス様、あなたの目には私もおさなご。
私も見境なく何にでも飛びつく。
そして、しっかりと抱きしめて離すまいとする。
なぜ、父なる神が、それを取り上げようとされるのかわからずに。
けれど振り返って、経験の目を通してみる時、信仰が育ち、堅固になったとき、
涙の虹を通して見ることができよう。
父なる神が与え給うものは、いつでも最善のものと。」
私たちはいつも、どうして、なぜって尋ねますよね。すぐ神様は答えを出してくださるとは限りませんけどね。でも神様が送ってくださる物事には、いつも大切で十分な理由があるんですよね。すべては神様の愛の手の中で造られて、そして誤りのない知恵をもってデザインをされているんですからね。試練も病気も失望、落胆も、すべては私たちの永遠の益につながっておるというのですね。
聖書の中のヨブは、神を恐れて歩んでいたのに、全財産を一挙に失う。子どもたち一人一人が死んでしまう。そして、自分も得体の知れない病気にかかって、頭のてっぺんから足のつま先まで変な皮膚病。瓦片で、一日中ひっかいていなければならない。しかし彼は言うのです。「しかし、神は、私の行く道を知っておられる。私は金のように、出て来る」ヨブ記の23章10節のことばです。
今日は「神は私の行く道を知っておられる」という、そういうお話です。私ね、あるお父さん、クリスチャンの若いお父さんの作られた詩を読みましてね。お読みしてみましょうか。
「私は幼い娘に人形を与える約束をした。
私はあれこれとその人形について考えた。
素晴らしい形、真珠の歯、動く目、歩く足と本当の髪の毛。
店に入るとすぐ娘は、安っぽくケバケバしい人形をしっかり掴んで抱きしめた。
取り替えるのにはずいぶんと骨折った。
一番良いのを買ってやろうと思っていたのに、それを取り上げると
娘の目に涙があふれた。
やっとそれでも、思い通りのものを与えた。
すると可愛い顔が急に喜びに輝いた。
人形がとてもきれいだったので。
ああ主イエス様、あなたの目には私もおさなご。
私も見境なく何にでも飛びつく。
そして、しっかりと抱きしめて離すまいとする。
なぜ、父なる神が、それを取り上げようとされるのかわからずに。
けれど振り返って、経験の目を通してみる時、信仰が育ち、堅固になったとき、
涙の虹を通して見ることができよう。
父なる神が与え給うものは、いつでも最善のものと。」
私たちはいつも、どうして、なぜって尋ねますよね。すぐ神様は答えを出してくださるとは限りませんけどね。でも神様が送ってくださる物事には、いつも大切で十分な理由があるんですよね。すべては神様の愛の手の中で造られて、そして誤りのない知恵をもってデザインをされているんですからね。試練も病気も失望、落胆も、すべては私たちの永遠の益につながっておるというのですね。
聖書の中のヨブは、神を恐れて歩んでいたのに、全財産を一挙に失う。子どもたち一人一人が死んでしまう。そして、自分も得体の知れない病気にかかって、頭のてっぺんから足のつま先まで変な皮膚病。瓦片で、一日中ひっかいていなければならない。しかし彼は言うのです。「しかし、神は、私の行く道を知っておられる。私は金のように、出て来る」ヨブ記の23章10節のことばです。
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