希望は失望に終わらない

出演者
村上宣道
制作
PBA 太平洋放送協会
再生時間
5min

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アップロード日
2026.08.18
カテゴリ
人物・人生
聖書箇所
[新約聖書] ローマ人への手紙 5章5節
放送日
2026.08.18

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神の愛を伝えて75年!今日の「世の光」は、1998年1月に放送された村上宣道牧師のお話をお届けします。

先週、成人式を迎えた方たちもいらっしゃると思うんですけども、成人する人のために、「81人の贈ることば」(あなたに贈る81人のことば)っていうのがありますよね。その中で、昭和女子大の加藤教授という方がですね、希望と挫折という文章をその中に載せていらっしゃるんですけども、その中に、「挫折とは、希望がなくなったことを言うのではない。希望を叶えるため設定した目標が見えなくなり、目標を踏み外した現象を挫折という。挫折の経験のない人は、目標を立てなかった人のことである。また、希望を持っていても、希望の実現に執着を持たない人である。こういう人はつまらない。味も素っ気もない人である。ぼんやり人生を生きている人である」って書いてあるんですね。「希望が大きいと、目標がたくさんできる。当然、挫折の機会も多くなる。そして人は、挫折によって鍛えられ、たくましくなる。挫折によって目標を達成する知恵と力を身につけることができる。その意味では、挫折は希望に近づくステップである。だから、挫折を恐れてはならない」というふうなことを書いてて励まされるなというふうに思うんですよね。
昨日もご紹介しました聖書のことば、「この希望は失望に終わることがない」ということですね。確かに、挫折または失望というふうな、そういう直面に出会うことがあったとしても、加藤教授が言っているようにですね、挫折は希望に近づくステップなのだ。この挫折によって、むしろ鍛えられて、たくましくなるんだというふうなことですね。決して、無駄に今、挫折しているのではない。無駄に今は失望の中にいるわけではない。ここから這い上がることによって、むしろ、たくましくなるんだと。そのような意気込みを持ってですね、進んでいってほしいなと、そう思いますね。
で、パウロという人は、ただ空望みをしているのではなくて、いつでも根拠にですね、もしもキリストがよみがえらなかったら、人間の望みというのは、それは、むなしい望みで終わってしまうかもしれない。でも、事実キリストは、あの死をけやぶって、墓からよみがえったのだ。そのお方が生きている限り、私たちは、失望のままで終わることなんか絶対にないんだ。しかも、私のために、命を捨ててまで愛していてくださるキリストがいるではないか。神の愛がそこにあるではないか。だから、失望のままで終わるはずがない。一つそのような希望を持ってですね、私たちもぜひ進んでいきたいものだなと、そう思いますね。

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