嗅覚の不思議

出演者
井本祐介
制作
PBA 太平洋放送協会
再生時間
5min

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アップロード日
2026.07.16
カテゴリ
人物・人生
聖書箇所
[旧約聖書] 詩篇 141篇2節
放送日
2026.07.16

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「世の光」の時間です。東京都羽村市にあるおざく台キリスト教会の牧師、井本祐介です。平日は、中学と高校で理科の教師もしています。最初に聖書のことばを読みます。
旧約聖書 詩篇141篇2節 「私の祈りが 御前への香として 手を上げる祈りが 夕べのささげ物として立ち上りますように」
突然ですが、今はどんな匂いがしていますか? 匂いとは何でしょうか? 匂いは目には見えません。けれど私たちは食べ物の美味しそうな香り、コーヒーやアロマなどのリラックスできる香りを感じることができます。
匂いの正体、それは、目に見えないほど小さな空気中の分子です。物質から空気中へと飛び出した匂いの分子が、鼻の奥で匂いとして認識されています。人は1万種類もの匂いを嗅ぎ分けることができると言われています。
匂いには食欲を誘ったり、リラックスさせたりする効果があります。その一方で、動物は匂いによって敵を遠くから察知します。ガスには危険を知らせるため、あえて匂いがつけられています。匂いは目に見えず、離れていても、それが良いものか、危険なものなのかを、私たちに教えてくれるのです。
目には見えないけれども、伝わるものがある。今日の聖書のことばで「私の祈りが 御前への香として」とあるように、聖書では、祈りと香りとが、重ねて語られています。祈りもまた、目には見えない、けれども伝わるものなのです。
私は以前、信仰を持つには、お金や供え物、業績や成果、など目に見える素晴らしいものを、神に差し出すことが必要だと、そう思っていました。
しかし聖書を読んでみて、私たちの祈り、ことば、心、など目に見えないもの、一見なんの役にも立たないもの、それを神は喜んで受け入れてくれている、そう分かりました。神が望むのは、私たちが差し出す何かではなく、私たちの心、私たちそのものだと知り、これなら私でも信じられると嬉しくなりました。
あなたもなにか一言、心を込めて、神に祈ってみてください。祈りは、目に見えず、手でさわれない、けれどそこにはあなたの心が込められていて、神はそれを何よりも喜んで受け止めてくれるのです。

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