視覚の不思議

出演者
井本祐介
制作
PBA 太平洋放送協会
再生時間
5min

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アップロード日
2026.07.14
カテゴリ
人物・人生
聖書箇所
[旧約聖書] 詩篇 106篇44節
放送日
2026.07.14

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「世の光」の時間です。東京都羽村市にあるおざく台キリスト教会の牧師、井本祐介です。平日は、中学と高校で理科の教師もしています。最初に聖書のことばを読みます。
旧約聖書 詩篇106篇44節「彼らの叫びを聞いたとき 主は彼らの苦しみに目を留められた」
さて、あなたの目には今、何が見えていますか?あなたが今見ているもの、それは正確には物体そのものではなく、物体から出た光です。太陽や電球からの光が、物体で反射し、あなたの目に届いたものです。光は、ラジオや携帯の電波、紫外線やX線と同じ「電磁波」というものです。私たちの目には、その電磁波の限られた範囲を、光として認識しているのです。
目は心の窓とも言いますが、目は窓のように、実際に外からの光が入るための穴が空いています。瞳孔、黒目ともいいます。その穴を通って外から光が入り、眼球の奥の網膜に届くことで、私たちは世界を見ています。
瞳の色は違っても、瞳孔の色は人類共通で黒色です。それは、眼球の中の空洞の色だからです。穴の部分には透明なレンズ、水晶体が収められていて、そこでピントを調節しています。
光が入るための穴を、まぶたで閉ざせば、光は中に入れず何も見えません。何かを見るには、その穴がしっかりと開かれていることと、その穴が見たい方向に向けられていることが必要です。
今日の聖書のことばには、「主は彼らの苦しみに目を留められた」とあります。神が、しっかりと目を開き、その瞳の穴を叫ぶ人々の方向に向けている。いえ、留められたとありますから、その人々に、ピントを合わせ、眼差しを固定したのです。
誰も自分を見てくれない、誰も気にかけてくれない、そう感じる日があるかもしれません。しかし、私たちが孤独や悲しみを感じて叫ぶとき、神はその瞳孔を、私たちに向けている、私たちの苦しみにピントを合わせている、神の目には私達の姿がはっきりと映っているのです。
神の眼差しは、今日も私たちに向けられている、神の心に私は留められている、そのことに安心して、今日一日を過ごしてください。

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