信じない人
- 出演者
- 板倉邦雄
- 制作
- PBA 太平洋放送協会
- 再生時間
- 5min
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- アップロード日
- 2026.07.03
- カテゴリ
- 人物・人生
- 聖書箇所
-
[新約聖書] ヨハネの福音書 12章37~43節
[旧約聖書] イザヤ書 6章10節
[新約聖書] ローマ人への手紙 10章10節
- 放送日
- 2026.07.03
「世の光」の時間です。いかがお過ごしですか。板倉邦雄です。
今日は「信じない人」という題でお話ししましょう。はじめに新約聖書ヨハネの福音書12章37節を読みます。「イエスがこれほど多くのしるしを彼らの目の前で行われたのに、彼らはイエスを信じなかった」彼らとは、過ぎ越しの祭の礼拝に集まってきた巡礼者たちです。すなわち、一般大衆でした。多くのしるしとはイエス様が行った数々の奇跡のことです。このヨハネ福音書にもその中のいくつかが書かれてありましたね。それでも人々の中にはイエス様を信じなかった人もいました。なぜでしょうか。その理由が今日の箇所に書かれてあります。
まず、第一の理由は、旧約聖書の預言者イザヤの書が成就するためでした。これは「彼らがその目で見、その耳で聞き、その心で悟り、悔い改めていやされることのないためである」口語訳聖書イザヤ書6章10節。神様が人々の心を石のように頑固にし、悔い改めさせず、神が人々を癒やすことがないようにされたと言うのです。人々がイエス様を信じなかった理由は神様の側にあります。これは、とにかくある人がイエス様を信じないということも、実は神様の計画と、み心の中にあったということですね。
一部の人がイエス様を信じなかった第二の理由は、42~43節です。「指導者たちの中にもイエスを信じる者がたくさんいた。ただ、パリサイ人たちをはばかって、告白はしなかった。会堂から追放されないためであった。彼らは、神からの栄誉よりも、人の栄誉を愛したからである」心の中でイエス様を信じたけれど、口で告白しなかったのです。信仰を告白すると会堂から追放されたからでした。信じているのに人の顔色をうかがい、自分の保身に走りました。「人は心に信じて義と認められ、口で告白して救われる」と新約聖書ローマ人への手紙10章10節にあります。私たちもイエス様を心の中で信じるだけではなく、口で告白して救いの祝福に与かりたいですね。
今日は「信じない人」という題でお話ししましょう。はじめに新約聖書ヨハネの福音書12章37節を読みます。「イエスがこれほど多くのしるしを彼らの目の前で行われたのに、彼らはイエスを信じなかった」彼らとは、過ぎ越しの祭の礼拝に集まってきた巡礼者たちです。すなわち、一般大衆でした。多くのしるしとはイエス様が行った数々の奇跡のことです。このヨハネ福音書にもその中のいくつかが書かれてありましたね。それでも人々の中にはイエス様を信じなかった人もいました。なぜでしょうか。その理由が今日の箇所に書かれてあります。
まず、第一の理由は、旧約聖書の預言者イザヤの書が成就するためでした。これは「彼らがその目で見、その耳で聞き、その心で悟り、悔い改めていやされることのないためである」口語訳聖書イザヤ書6章10節。神様が人々の心を石のように頑固にし、悔い改めさせず、神が人々を癒やすことがないようにされたと言うのです。人々がイエス様を信じなかった理由は神様の側にあります。これは、とにかくある人がイエス様を信じないということも、実は神様の計画と、み心の中にあったということですね。
一部の人がイエス様を信じなかった第二の理由は、42~43節です。「指導者たちの中にもイエスを信じる者がたくさんいた。ただ、パリサイ人たちをはばかって、告白はしなかった。会堂から追放されないためであった。彼らは、神からの栄誉よりも、人の栄誉を愛したからである」心の中でイエス様を信じたけれど、口で告白しなかったのです。信仰を告白すると会堂から追放されたからでした。信じているのに人の顔色をうかがい、自分の保身に走りました。「人は心に信じて義と認められ、口で告白して救われる」と新約聖書ローマ人への手紙10章10節にあります。私たちもイエス様を心の中で信じるだけではなく、口で告白して救いの祝福に与かりたいですね。
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