今、わたしの心は騒ぐ
- 出演者
- 板倉邦雄
- 制作
- PBA 太平洋放送協会
- 再生時間
- 5min
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- アップロード日
- 2026.07.01
- カテゴリ
- 人物・人生
- 聖書箇所
-
[新約聖書] ヨハネの福音書 12章27~33節
- 放送日
- 2026.07.01
「世の光」の時間です。いかがお過ごしですか。板倉邦雄です。
今日は「今、わたしの心は騒ぐ」という題でお話ししましょう。イエス・キリストは「今、わたしの心は騒いでいる」と言いました。「騒ぐ」とは、川や海の面が激しく波立っている様子を言います。イエス様の心も今、激しくざわついていました。新約聖書ヨハネの福音書12章27節からです。
そこで、イエス様は心騒ぐ中で、父なる神様に祈ります。「今、わたしは心が騒いでいる。わたしは何と言おうか。父よ、この時からわたしをお救いください。しかし、わたしはこのために、この時に至ったのです。父よ、み名があがめられますように」なぜ、イエス様は巡礼者たちの前で、こんな弱音を吐いたのでしょうか。それは、この説教から数日後、逮捕され、十字架の死刑がイエス様を待っていたからです。弟子や人々から捨てられる苦しみだけではなく、父なる神様にも捨てられる苦しみと死が待っていたからです。ですから、「この苦しみの時からわたしを救ってください。しかし、父よ、栄光をあらわしてください」と祈ったのですね。
その時です。天から声がありました。「わたしはすでに栄光をあらわした。そして、さらにもう1度栄光をあらわすであろう」それは、イエス様の十字架と復活という神の栄光でした。そこに立ってイエス様の説教を聞いている人々には、その天からの声を聞いて、「雷が鳴ったのだ」と言う人もいれば、他の人たちは「御使いが彼に話しかけたのだ」と言い出す人もいました。イエス様は人々に答えます。「この声があったのは、わたしのためではなく、あなたがたのためである。今はこの世がさばかれる時である。今こそこの世の君は追い出されるであろう。そして、わたしがこの地から上げられる時には、すべての人をわたしのところに引き寄せるであろう」イエス様はこう言って、自分がどんな死に方で死のうとしていたかをお示しになったのです。イエス・キリストがこの地上で十字架に上げられる時、その時、この世の君である悪魔の頭に十字架の杭が突き刺さり、悪魔の敗北の時が来ます。また、すべての人がイエス・キリストの十字架と復活の元に引き寄せられていくのです。あたかも、磁石のようにです。
今日は「今、わたしの心は騒ぐ」という題でお話ししましょう。イエス・キリストは「今、わたしの心は騒いでいる」と言いました。「騒ぐ」とは、川や海の面が激しく波立っている様子を言います。イエス様の心も今、激しくざわついていました。新約聖書ヨハネの福音書12章27節からです。
そこで、イエス様は心騒ぐ中で、父なる神様に祈ります。「今、わたしは心が騒いでいる。わたしは何と言おうか。父よ、この時からわたしをお救いください。しかし、わたしはこのために、この時に至ったのです。父よ、み名があがめられますように」なぜ、イエス様は巡礼者たちの前で、こんな弱音を吐いたのでしょうか。それは、この説教から数日後、逮捕され、十字架の死刑がイエス様を待っていたからです。弟子や人々から捨てられる苦しみだけではなく、父なる神様にも捨てられる苦しみと死が待っていたからです。ですから、「この苦しみの時からわたしを救ってください。しかし、父よ、栄光をあらわしてください」と祈ったのですね。
その時です。天から声がありました。「わたしはすでに栄光をあらわした。そして、さらにもう1度栄光をあらわすであろう」それは、イエス様の十字架と復活という神の栄光でした。そこに立ってイエス様の説教を聞いている人々には、その天からの声を聞いて、「雷が鳴ったのだ」と言う人もいれば、他の人たちは「御使いが彼に話しかけたのだ」と言い出す人もいました。イエス様は人々に答えます。「この声があったのは、わたしのためではなく、あなたがたのためである。今はこの世がさばかれる時である。今こそこの世の君は追い出されるであろう。そして、わたしがこの地から上げられる時には、すべての人をわたしのところに引き寄せるであろう」イエス様はこう言って、自分がどんな死に方で死のうとしていたかをお示しになったのです。イエス・キリストがこの地上で十字架に上げられる時、その時、この世の君である悪魔の頭に十字架の杭が突き刺さり、悪魔の敗北の時が来ます。また、すべての人がイエス・キリストの十字架と復活の元に引き寄せられていくのです。あたかも、磁石のようにです。
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