イエスにお目にかかりたい
- 出演者
- 板倉邦雄
- 制作
- PBA 太平洋放送協会
- 再生時間
- 5min
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- アップロード日
- 2026.06.29
- カテゴリ
- 人物・人生
- 聖書箇所
-
[新約聖書] ヨハネの福音書 12章20~22節
- 放送日
- 2026.06.29
「世の光」の時間です。いかがお過ごしですか。板倉邦雄です。
今日は「イエスにお目にかかりたい」という題でお話ししましょう。私がイエス様に初めてお目にかかったのは、高校2年生の秋でした。きっかけは、駅前でキリスト教のパンフレットを配っていたAさん。集会に行ったら集会後、話してくれたS君。そして私を教会へ連れていってくれたM君の3人です。私はこの3人の人を通してイエス様にお目にかかることができました。新約聖書ヨハネの福音書の12章20節からです。
さて、礼拝するためにエルサレムへ上ってきた巡礼者たちの中に数人のギリシャ人がいました。彼らはガリラヤ地方のベツサイダ出身で、イエス様の十二弟子の1人であるピリポのところに来て「ピリポさん、先生(イエス様)にお目にかかりたいのですが」と言って頼み込んだのです。ユダヤ人は外国人とは交際や交流をしていなかったからでした。しかし、ピリポはギリシャ系のユダヤ人だったようなので、そのようなギリシャ人を弟子にするイエス様というお方に、ぜひ一度お目にかかりたいと願ったのです。
そこで、ピリポはペテロの兄弟アンデレのところに行って、そのことを話して相談しました。そして、二人はイエス様のもとに行って、ギリシャの巡礼者たちがお目にかかりたいと言っていることを伝えたのです。イエス様はギリシャ人たちに会うことを承諾しました。そして、弟子たちを含めた巡礼者たちに向かっての説教が始まります。その説教の内容は明日の番組でお話します。
ここで分かることは、イエス様に会うときは現代においても、人々を通してお目にかかるということです。イエス様に出会い、イエス様のことをよく知っている人を通してです。何よりも、イエス様に出会って自分の人生が変えられた人を通してですね。
ピリポとアンデレが手をつなぎ、ギリシャ人の巡礼者たちも手をつなぎました。そうした人間による鎖が、今から60年前、A君、S君、そしてM君の3人の手によって、この私にももたらされたのです。そして、私は救い主イエス様にお目にかかりました。あなたも、イエス様に手を伸ばし、人々に手を差し出す人となろうではありませんか。
今日は「イエスにお目にかかりたい」という題でお話ししましょう。私がイエス様に初めてお目にかかったのは、高校2年生の秋でした。きっかけは、駅前でキリスト教のパンフレットを配っていたAさん。集会に行ったら集会後、話してくれたS君。そして私を教会へ連れていってくれたM君の3人です。私はこの3人の人を通してイエス様にお目にかかることができました。新約聖書ヨハネの福音書の12章20節からです。
さて、礼拝するためにエルサレムへ上ってきた巡礼者たちの中に数人のギリシャ人がいました。彼らはガリラヤ地方のベツサイダ出身で、イエス様の十二弟子の1人であるピリポのところに来て「ピリポさん、先生(イエス様)にお目にかかりたいのですが」と言って頼み込んだのです。ユダヤ人は外国人とは交際や交流をしていなかったからでした。しかし、ピリポはギリシャ系のユダヤ人だったようなので、そのようなギリシャ人を弟子にするイエス様というお方に、ぜひ一度お目にかかりたいと願ったのです。
そこで、ピリポはペテロの兄弟アンデレのところに行って、そのことを話して相談しました。そして、二人はイエス様のもとに行って、ギリシャの巡礼者たちがお目にかかりたいと言っていることを伝えたのです。イエス様はギリシャ人たちに会うことを承諾しました。そして、弟子たちを含めた巡礼者たちに向かっての説教が始まります。その説教の内容は明日の番組でお話します。
ここで分かることは、イエス様に会うときは現代においても、人々を通してお目にかかるということです。イエス様に出会い、イエス様のことをよく知っている人を通してです。何よりも、イエス様に出会って自分の人生が変えられた人を通してですね。
ピリポとアンデレが手をつなぎ、ギリシャ人の巡礼者たちも手をつなぎました。そうした人間による鎖が、今から60年前、A君、S君、そしてM君の3人の手によって、この私にももたらされたのです。そして、私は救い主イエス様にお目にかかりました。あなたも、イエス様に手を伸ばし、人々に手を差し出す人となろうではありませんか。
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