求めなさい。与えられます。⑥

出演者
大嶋重徳
制作
PBA 太平洋放送協会
再生時間
5min

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アップロード日
2026.06.06
カテゴリ
人物・人生
聖書箇所
[新約聖書] ルカの福音書 11章
放送日
2026.06.06

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「世の光」の時間です。いかがお過ごしでしょうか。大嶋重徳です。
今週は聖書のルカ福音書11章の箇所を学んできました。「求めなさい。そうすれば与えられます。たたきなさい。そうすれば開かれます」
最後に今日のこの箇所から教えられたいことは、私たちの求めが与えられ、開かれるプロセスです。お腹が減って絶望して、「神様、どうか泊まる家と、食べるものをください」と求めた旅人に、神様は泊めてくれる友人を与えてくれました。また一度は「今更なにも出来ない」閉めてしまった扉を、しつこく求めるなら、扉を開けてパンを渡してくれる友人も与えてくれます。この「求めなさい。与えられます」というプロセスには人が関わっています。神様が与える方法は、いつも超自然的に天からパンが降ってくるというよりも、誰かの手を通して、あなたの祈りの「求め」に答えが与えられているのです。この物語で私たちが考えるべきことは、自分がすでに布団に入って扉を開けない友人になっているかもしれないということです。つまり神様は私を通して、誰かの祈りを聞こうとされているかもしれない。この箇所から示されることは、自分の人生を誰かの祈りの答えとして用いられていくということです。
もちろん私たちには出来ることと、出来ないことがあります。私たちは神様ではありませんから、すべての人の必要に応えることなどできないでしょう。しかし実は耳を澄ますならば、他にも求め祈り、叩いている人がいる声が聞こえてきます。その声を聞こえたならば、その声が神様からのものだと受け止め、布団から起き上がり、扉を開けることを、神様はあなたに願っておられます。そして「求めなさい。そうすれば与えられます」という聖書のことばを信じて、行動して、しつこく人に頼って、その願いが叶えられた人がいる。そしてその人が「ああ神様に求めてよかった。本当に神様はおられるのだ」と思えるならば、私たちは神と人にお役に立てる人生を生きることができるのです。自分のほんの小さな行動で、神の御名が褒め称えられ、神への感謝の祈りがささげられることを私たちは求めたいと思うのです。誰かの祈りの役に立つように、自分の人生を生きること。誰かが扉を叩いている音に敏感になって、自分の持てる時間を使うことをこの箇所から学びたいと思います。そのためにも、あなたご自身が、求めると与えられる神様にお会いしていただきたいと思います。

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