求めなさい。与えられます。④

出演者
大嶋重徳
制作
PBA 太平洋放送協会
再生時間
5min

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アップロード日
2026.06.04
カテゴリ
人物・人生
聖書箇所
[新約聖書] ルカの福音書 11章
放送日
2026.06.04

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「世の光」の時間です。いかがお過ごしでしょうか。大嶋重徳です。
ルカ福音書11章の箇所を学んでいます。「求めなさい。そうすれば与えられます。たたきなさい。そうすれば開かれます」この箇所をよく読むと「求めなさい」と「与えられます」の間に、「そうれば」という空白のような間があります。私たちは「求め」と「与えられる」の間の空白を、「そうすれば」、という神様への信頼の深まりの時間の中で過ごすのです。「そうすれば」という空白の時間を「待つ」のです。忍耐しつつ待つのです。
私の息子が一歳の時に、「お父さん、はさみを貸して」と泣きわめいたことがありました。しかし、私ははさみを渡すことはしませんでした。振り回してお姉ちゃんの頭にザクッと刺さってはいけない。「お父さんはボクのことが嫌いなんだ」と言っても貸しません。しかし小学一年生になった時には、「買ってあげるよ。いやカッターナイフの使い方を教えてあげようか」と言います。私たちに必要なことは、祈りに答えられるふさわしい時を、叩きながら、求めながら待つことです。
ある人が、台風が来た時に神様に祈り求めました。「神様、助けてください」するとボートがやってきて「助けに来たよ」しかしその人は「神様が助けに来てくれるので、ここで待っています」次にヘリコプターがやってきて、「助けに来たよ」と縄梯子が降ろされます。しかしその人は「神様が助けに来てくれるのでここで待っています」そしてその家ごと流れてしまいました。するとその人は天国で神様の前で「神様、私はあんなにも祈ったにもかかわらず、あなたは助けてくれませんでした」しかしそこで神様はおっしゃるのです。「私はあなたの祈りを聞いて、ボートを送ったし、ヘリコプターを送ったよね」しかし私たちは自分の祈り願ったことを、聞いて貰える方法まで思い込んで決めてしまうことがあるでしょう。
「求めなさい」と言われた時、「そうすれば」という時間の中で、その願いを願った、本当に深いところの願いを省みるように促されます。振り返ると恵みと幸せな結果があるにも関わらず、その方法を決めてしまって見失ってはいないか。私たちの神は「そうすれば」という時間の空白のなかで、自分の思い描いていたことを、形を変え、すでに祈りに聞いてくださっている神様でもあるのです。

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