求めなさい。与えられます。①

出演者
大嶋重徳
制作
PBA 太平洋放送協会
再生時間
5min

もっと詳しく見る

アップロード日
2026.06.01
カテゴリ
人物・人生
聖書箇所
[新約聖書] ルカの福音書 11章
放送日
2026.06.01

いいね登録

     登録数:5

いいねリストを見る

「世の光」の時間です。いかがお過ごしでしょうか。大嶋重徳です。
聖書のルカ福音書11章には、一般の書籍や講演会でも引用される有名な聖書のことばが記されています。「求めなさい。そうすれば与えられます。たたきなさい。そうすれば開かれます」
しかし、本当にそうでしょうか。私たちは求めながらも、与えられない現実にすっかり諦めが先に立っていることがあります。探したところで見つかることのなかったことの経験を持っています。叩いたところで開かれることのなかった現実に、求めることを、叩くことを、探すことをすでに諦めているのです。
私自身そうです。祈りに答えられなかった神への失望があります。学生時代にお付き合いしていた女性から交際を終わりにしようと告げられました。相手はクリスチャンで、聖書のことばに押し出されて、お付き合いは始まりました。しかも彼女の方から「お付き合いをして欲しい」と言われて始まったにも関わらず、扉は閉じられたのです。もちろん私にも問題があり、「しげちゃんの愛がわからない」と言われました。しかしその後、何日も何日も祈りながら、再び連絡を取ろうとした時に、「二度と連絡はしないで欲しい」と言われ、バターンと扉が完全に閉じる音が響いたのです。私は祈ることに、求めることに期待しないでおこうと思いました。期待したほうが傷ついてしまうではないか。信仰を止めるところまではいきませんでした。しかしもう神様に過度な期待をし続けることは止めにしようと思ったのです。
誰にでも、神様の冷ややかにしか見えない対応に戸惑ったことがあると思います。一生懸命にお祈りをした。けれども聞いてもらえると思った祈りが聞かれない。冷ややかな神様に呆然とする。そして「じゃあ神様が知らん顔をしているならば、こちらも知らん顔をしておこう」何とか分別良く、祈りの聞かれない理由は「きっとこうこうこうなんだ」と、自分を納得させるだけの理由を並べて、もうそれほど神様に期待するのは止めよう。もうこれ以上、神様に傷つけられたくはないと思う。そして祈ることもやめよう。それでも聖書は語ります。「求めなさい。そうすれば与えられます。たたきなさい。そうすれば開かれます」。
今週は、この有名な聖書のことばの意味を皆さんとご一緒に考えていきたいと思います。

コメント

番組に対するコメントはまだありません。ぜひ感想をお願いいたします。

コメントを投稿する

お問い合わせ