あなたは神に愛されている
- 出演者
- 阿部頼義
- 制作
- PBA 太平洋放送協会
- 再生時間
- 5min
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- アップロード日
- 2026.05.05
- カテゴリ
- 人物・人生
- 聖書箇所
-
[新約聖書] マタイの福音書 3章17節
- 放送日
- 2026.05.05
「世の光」の時間です。私はキリスト教会の牧師の阿部頼義です。今日も、聖書のメッセージをお届けします。
私は27歳の時にアメリカに渡り、それから5年ほどアメリカで生活をしました。渡米した時はカタコトの英語しか話せませんでした。ですから、食事の席で「塩を取って」って英語で何と言えば良いのかわからず、味の薄~いお肉を食べた記憶があります。「ああ、なんて惨めなんだ・・・」とプライドがボロボロになりましたね。
そんな状況でしたが、日曜日にキリスト教会にいくと、みんなが「頼義!よく来たね!」と言ってハグをしてくれたことを覚えています。私は日本人なので、初めは、ハグされるのがとても恥ずかしかったのですが、慣れてくると、本当に受け入れられているんだなって感じるようになりました。
「英語も話せず、何もできない自分が受け入れられている」という経験は、私にとってとても大切なものでした。それまで私は、成果を出さなければ価値がない、と思っていたのかもしれません。しかし、何もできない自分が受け入れられる経験を通して、私の考え方は大きく変えられました。
これは、まさに神様が、私たち一人ひとりの存在を愛してくださっていることと同じだなと教えられたのです。神様は、私たちが、何かできるかできないかで、評価する方ではありません。私たちの存在そのものを愛し、喜んでくださる方なのです。
新約聖書のマタイの福音書3章17節に、このようなことばがあります。「これはわたしの愛する子。わたしはこれを喜ぶ」これはイエス・キリストが洗礼を受けられた時に、天の父なる神様がかけられたことばです。イエス様は、この時まだ何か特別な働きはされていませんでした。しかし、神様は、まずイエス様の存在そのものを愛し、喜ばれたのです。
同じように、神様は、まずあなたの存在自体を喜んでおられます。あなたに何ができるか出来ないかではなく、ただあなたがそこにいる、そのことを喜んでおられるのです。もしかしたら、初めはそんなこと言われても、なかなか自分を認められないかもしれません。でも、毎日、神様の愛のことばを聞くうちに、徐々に、神様の愛に包まれていることがわかるようになると思います。今日も神様の愛があなたと共にあるようにお祈りします。
私は27歳の時にアメリカに渡り、それから5年ほどアメリカで生活をしました。渡米した時はカタコトの英語しか話せませんでした。ですから、食事の席で「塩を取って」って英語で何と言えば良いのかわからず、味の薄~いお肉を食べた記憶があります。「ああ、なんて惨めなんだ・・・」とプライドがボロボロになりましたね。
そんな状況でしたが、日曜日にキリスト教会にいくと、みんなが「頼義!よく来たね!」と言ってハグをしてくれたことを覚えています。私は日本人なので、初めは、ハグされるのがとても恥ずかしかったのですが、慣れてくると、本当に受け入れられているんだなって感じるようになりました。
「英語も話せず、何もできない自分が受け入れられている」という経験は、私にとってとても大切なものでした。それまで私は、成果を出さなければ価値がない、と思っていたのかもしれません。しかし、何もできない自分が受け入れられる経験を通して、私の考え方は大きく変えられました。
これは、まさに神様が、私たち一人ひとりの存在を愛してくださっていることと同じだなと教えられたのです。神様は、私たちが、何かできるかできないかで、評価する方ではありません。私たちの存在そのものを愛し、喜んでくださる方なのです。
新約聖書のマタイの福音書3章17節に、このようなことばがあります。「これはわたしの愛する子。わたしはこれを喜ぶ」これはイエス・キリストが洗礼を受けられた時に、天の父なる神様がかけられたことばです。イエス様は、この時まだ何か特別な働きはされていませんでした。しかし、神様は、まずイエス様の存在そのものを愛し、喜ばれたのです。
同じように、神様は、まずあなたの存在自体を喜んでおられます。あなたに何ができるか出来ないかではなく、ただあなたがそこにいる、そのことを喜んでおられるのです。もしかしたら、初めはそんなこと言われても、なかなか自分を認められないかもしれません。でも、毎日、神様の愛のことばを聞くうちに、徐々に、神様の愛に包まれていることがわかるようになると思います。今日も神様の愛があなたと共にあるようにお祈りします。


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