求める前に与えられた愛

出演者
ユーシー・エバン
制作
PBA 太平洋放送協会
再生時間
5min

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アップロード日
2026.05.02
カテゴリ
人物・人生
聖書箇所
[新約聖書] ヨハネの手紙第一 4章10節
放送日
2026.05.02

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「世の光」の時間です。いかがお過ごしでしょうか。北海道で宣教師の働きをしている国際福音宣教会のユーシー・エバンです。
今日は、「愛」について考えてみたいと思います。
私もこれまで、人にやさしくすること、相手を思いやること、受け入れようとすること、そういうところに愛があると思ってきました。けれども、私たちは、愛のことをほんとうにわかっているでしょうか。愛そのものは、まだ知られていないことがあるのです。では、愛はどこにあるのでしょうか。
ここで、ヨハネの手紙第一4章10節をお読みします。
「私たちが神を愛したのではなく、神が私たちを愛し、私たちの罪のために、宥めのささげ物としての御子を遣わされました。ここに愛があるのです」
聖書は、「ここに愛がある」と語ります。愛は、私たちが神を愛したことにあるのではなく、神が、私たちを愛してくださったことにあるのです。私たちが神を求める前に、神のほうから来てくださいました。ここに、愛があるのです。
神の愛は、ふさわしい人にだけ向けられる愛ではありません。見返りがあるときだけ成り立つ愛でもありません。イエス・キリストは、私たちのために十字架へと向かわれました。そこに、神の愛がはっきりと示されました。
私はこれまで、求めてくる相手や、ふさわしいと思える相手に向かうものだけを、愛だと思っていなかっただろうか。
だからこそ、聖書が語る愛を、聞き直したいのです。求められたから愛なのでもなく、ふさわしいから愛されるのでもありません。私たちが求める前に、神は、私たちを愛してくださいました。今日も、自分の思いや頑張りで愛を量るのではなく、キリストにおいて神が示してくださった愛によって、自分が愛と呼んでいるものを見つめ直し、神が先に示してくださった愛に支えられて、歩み出していきましょう。

コメント

中野周治
『神は実にその一人子を御与えになった程に世を愛された!』『神は愛です!』

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