「文句」より「有難う」を!

出演者
齋藤航大
制作
PBA 太平洋放送協会
再生時間
5min

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アップロード日
2026.04.16
カテゴリ
人物・人生
聖書箇所
[旧約聖書] 箴言 11章2節
放送日
2026.04.16

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「世の光」の時間です。山形県酒田市にある酒田キリスト教会の牧師、齋藤航大です。
昨年秋、免許更新のため講習を受けに行った時のことです。交通安全協会の職員の方から、県内の交通事故の状況や、土地柄も加味した安全運転の注意事項を丁寧に教えていただきました。その中で一つ、クリスチャンとしてどうしても気になった発言がありました。もし他の車から危険な煽り運転をされた時、私たちはどう対応すればよいか、その文脈でこうおっしゃったのです。「そんな時は挑発に乗ってはダメです。そうですね、ぶつぶつ文句でも言って怒りを収めましょう」と。それに対して周りは特に何の反応もなく次の話へ進みましたが、私が率直に感じたのは「なんて可哀想なのだろう。それしか対策がないように思われているなんて」ということでした。それは、聖書にもある通り、どんな状況でも文句は怒りをおさめるどころか、否定的なことばでますます心を満たし、決して人の心を幸せにはしないものだからです。
聖書の箴言11章2節にこのようなことばがあります。「高ぶりが来れば、辱めも来る。知恵は、へりくだる者とともにある」ここに登場する「高ぶり」とは、聖書が人の心の悪の中心的なものと呼ぶもの、いわゆる「自己中心」です。文句はまさにそこからくるものです。人は周りが自分の思う通りに動いてくれない時、その口から文句が出てしまう。「なぜあいつはああなんだ」「どうしていつもこうなんだ」と。そうして文句はいつの間にかあなたの心を蝕み、いつしか否定的な行動へとつながっていく。一旦そうなれば周りもあなたに否定的になり、自分のしたことの悪い報いを受け、やがて辱めを受けてしまう。この悪循環に、納得される方も多いのではないでしょうか。
では、文句の代わりに私たちができることとは何でしょう。先ほどの箴言の後半にはこうあります。「知恵は、へりくだる者とともにある」へりくだる、とは自己中心の対極にあるもの、要するに「思いやり」です。思いやりが、心に知恵をもたらし、人生を豊かにすると聖書は語ります。例えば、あなたの車の前に煽り運転をする車が現れました。いつもなら文句が出るところを、代わりに「安全運転の大切さを気づかせてもらった、ありがとう」とへりくだる時、知恵が働いてあなた自身の運転がより安全なものへと変えられていく。それが聖書の約束です。
このように、文句の代わりにへりくだり、感謝する姿勢が、いつもとは違った視点から日常を見つめ直させてくれます。それはあなたの生活に、心の余裕と豊かさをもたらすものです。聖書はそのような神の知恵が豊かに書かれている書物です。あなたもぜひ、この聖書を教会で読んでみませんか。

コメント

中野周治
『無知な者は高ぶり、知恵ある者は、へり下ります!』

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