生きづらい世の中で

出演者
山本陽一郎
制作
PBA 太平洋放送協会
再生時間
5min

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アップロード日
2026.02.25
カテゴリ
人物・人生
聖書箇所
[新約聖書] ルカの福音書 8章28~29節
放送日
2026.02.25

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「世の光」の時間です。いかがお過ごしですか。山本陽一郎です。
「生きづらい世の中だ」。よくそういうことばに触れます。実際、統計上でもそう感じている人の数が増えています。“自分に関心を寄せてほしい、でも自分に構わないでほしい”。そういう思い、寂しさを抱えて過ごしている人も少なくないように思います。
実は、生きづらさの極みの中にいた人が新約聖書の中に登場してきます。彼は、悪い霊にとり憑かれてしまい、自分自身をコントロールできず、墓場に住みついていました。ルカの福音書8章の28節、29節を読んでみましょう。
「彼はイエスを見ると叫び声をあげ、御前にひれ伏して大声で言った。『いと高き神の子イエスよ、私とあなたに何の関係があるのですか。お願いです。私を苦しめないでください。』 それは、イエスが汚れた霊に、この人から出て行くように命じられたからであった。汚れた霊はこの人を何回も捕らえていた。それで彼は鎖と足かせでつながれて監視されていたが、それらを断ち切っては、悪霊によって荒野に駆り立てられていた」
鎖や足かせを引きちぎり、自分のからだを傷つけて、荒野で叫んでいるなんて・・・自分とは全く関係ない人だと感じるかもしれません。たしかに、私たちは地域や家庭、職場や学校といった共同体の中で、人と関わりながら社会生活を送ります。しかし、そのような中で、少なからず疲れてしまってはいないでしょうか。まるで鎖でつながれ、足かせをはめられ、監視されていると思えるほど、人と関わることに疲労困憊してしまい、できるだけ人と関わりたくないと願う。そして、実際に墓場や荒野へ行くことはないけれども、人との関わりを拒んで、いろんなかたちでそこから逃避しようとする。もしそうであるなら、私たちもこの人と違うとは言いきれないように感じられるのです。
私自身も本当に心が疲れることはあります。責任や難しい課題を抱えて、がんじがらめになってしまっているなと感じることもあります。そんな時、この墓場にいた人のことを思い出すのです。
イエス・キリストはこの人に会いに来てくれました。この人と向き合い、この人を愛し、この人を解放してくださるために、イエス様のほうから来てくださったのです。
私も、イエス様に祈る時、聖書のメッセージに触れる時、心を回復することができます。イエス様のもとに帰る時、愛されている者としての生き方を回復することができるのです。

コメント

中野周治
『全て疲れた者、重荷を負っている者は、私の所に来なさい!私が、あなた方を休ませてあげよう!・・・』マタイによる福音書11章28節~30節

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中野周治
聖歌472番『人生の海の嵐に』♪逃げ込め!港に!♪最(いと)静けき♪港に着き♪我は今♪安ろお♪救い主イェスの手に在る♪身は最も安し!♪

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