とことんの由来は?

出演者
水谷 潔
制作
PBA 太平洋放送協会
再生時間
5min

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アップロード日
2026.02.19
カテゴリ
人物・人生
聖書箇所
[旧約聖書] イザヤ書 46章3~4節
放送日
2026.02.19

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「世の光」の時間です。愛知県春日井市にあります春日井聖書教会・協力牧師の水谷潔です。
最後の最後まで、徹底的に何かをすることを、「とことんやる」と言いますが、この「とことん」ということばの由来をご存知でしょうか。「とことん」ということばのリズムから、想像できるかもしれませんが、その由来は、日本舞踊の足拍子にあります。
諸説あるのですが、足拍子は日本舞踊の舞台を足で踏み鳴らす踊り方の一つで、3回連続で足を踏み鳴らす時のリズム、「ト・コ・トン」が、元々の語源だと言われています。
その後、明治元年のことです。この「とことん」ということばが使われた「トコトンヤレ節」という歌が大流行します。それによって「とことん」というお囃子のことばが広く庶民に広まっていきます。さらに昭和になると、その「とことん」が新しく、現在と同じように「最後まで」「徹底的」という意味で使われるようになったのだそうです。
実は聖書は、ところどころで、「神様のとことん」を描いています。その一つを紹介させてください。旧約聖書、イザヤ書46章3節と4節をお読みします。「ヤコブの家よ、わたしに聞け。イスラエルの家のすべての残りの者よ。胎内にいたときから担がれ、生まれる前から運ばれた者よ。あなたがたが年をとっても、わたしは同じようにする。あなたがたが白髪になっても、わたしは背負う。わたしはそうしてきたのだ。わたしは運ぶ。背負って救い出す」
神様はご自身が選び、そして愛すると決めた神の民に「ヤコブの家よ、私に聞け」と呼びかけます。神様は愛する民に向かって、生まれる前から、あなたが胎児だった時から担いできたんだよと語り掛け、年をとり、白髪になっても、あなた方を背負うと約束されます。「年をとり、白髪になっても」とは、最後の一息まで、いのちある限りという意味です。まさに「神様のとことん」です。
神様は、今も、信じる者に「とことん」です。信じる者を背負うようにして、運んでくださいます。背負って運ぶと決めた限りは、決して、放り出したりはしません。あなたが、この神様を信じるなら、神様は、あなたを、この地上の生涯、最後の一息まで、背負い続けてくださいます。

コメント

中野周治
『私は決してあなたを見離さず、また、あなたを見捨てない!』

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